匠戸制の実行
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/07 15:34 UTC 版)
匠戸制(しょうこせい)は元代の手工業制度の一種である。匠籍制とも。明代では元代の匠戸制を受け継いだ。元代匠戸制では、手工業者を匠籍に編入し、工部がそれを管轄、官営の工場にて労役を強いた。明代匠戸制でも根本は変わらず、匠戸を設けて職人を工部に隷属させた。 これにより、戸籍は軍籍・民籍・匠籍の3種に分かれた。匠籍では手工業者を管轄したが、軍籍に属し各都の司衛所管轄の軍器局に服役する者は、軍匠を称した。法律上の地位は特殊な戸籍である軍籍や匠籍は一般の地位より低く、世襲されるものであった。またこの維持を容易にするため、分戸は認められず、軍籍・匠籍を脱することは極めて困難で、皇帝による特別な許可を要した。また匠籍・軍籍の者は試験において文官となることもできず、輪班匠として無償で輪番制の労働を強いられた。しかし手工官による管理は弱まり、工匠は怠けたり、逃亡したりという手段を使い制度に反抗し、明政府は商品経済発展に適応した銀による賃金支払いを始めた。1562年(嘉靖41年)、輪班匠は一律に政府により銀で雇われるようになった。このように輪班匠は名実ともに消滅し、匠籍にある者が自由に商工業に従事できるようなり、人身を束縛する要因は弱まった。明中期には匠役改革により、民間手工業の発展が促進された。清代になり、450年にわたって続いた匠戸制は正式に終了した。
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