八田木枯とは?

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八田木枯

八田木枯の俳句

いつ来ても枯野にのこる汽笛の尾
うろたへて母の影ふむ小暑なり
からすみ酢年とつてから長生きす
とび翔たぬ鶴をいぢめて折りにけり
ねころべば血もまた横に蝶の空
ふたりして笑うてをりぬ墓参人
またとなき春のゆふべのはねつるべ
まぶしくて少年は死へかたむきぬ
ゆふぐれは紙の音する櫻まじ
よく澄める水のおもては痛からむ
をそはりしかずにかぎりの手毬うた
井戸のぞくときに顔あり暮の春
亡き母が障子あけずに入り來し
凍蝶や空の笑ひは裂けるまで
切口を見せて水ゆく夏ゆふべ
剃刀にふれし揚羽は熱からむ
原爆忌折鶴に足なかりけり
外套のままの仮寝に父の霊
天袋よりおぼろ夜をとり出しぬ
太陽は古く新し敏雄の日
夫婦となり空につめたき日が一つ
子規の倍生きて忌日を尊とべる
家じゆうの柱のうらの稲光り
寒靄や老は泳いでゐるごとし
手鏡がおぼえてをりし手毬唄
日向ぼこもまれて亡者はみ出しぬ
春のくれ我も近所の人ならむ
春を待つこころに鳥がゐてうごく
晝寝より覚めしところが現住所
月光が釘ざらざらと吐き出しぬ
正体の無くなるまでに桃冷えし
殘花かな藤田湘子のめがねかな
母とわれいたみわけして葛咲きぬ
母戀ひの春のともしを袖圍ひ
汗の馬なほ汗をかくしづかなり
汗の馬芒のなかに鏡なす
洗ひ髪身におぼえなき光ばかり
深淵は空にありけり木賊刈る
漣に晝寢の母を偸まれし
生きてゐるうちは老人雁わたし
箱に入るくぐつの髪は溢れけり
草餅やひとさしゆびはそびえけり
血の中に蒼き血もあり憂國忌
酸つぱけれ三橋敏雄夏男
金魚死に幾日か過ぎさらに過ぎ
鎌倉の虚子の余寒に會ひにゆく
鏡荒れ鶴はたちまち妊りぬ
青あらしあらしは鳥の翅にあり
鞦韆をゆらして老を鞣しけり
風鶴忌ふところ手よく似合ふ人
 

八田木枯

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/06/06 13:17 UTC 版)

八田 木枯(はった こがらし、1925年1月1日 - 2012年3月19日)は、日本俳人。本名は日刈(ひかる、生誕時は光[1])。三重県津市に出生。実家は材木商。10代から「ホトトギス」に投句し、1941年より長谷川素逝、のち橋本鶏二に師事。戦後、貸本業や実家の材木商を営みながら句誌「ウキグサ」を主宰。1948年より山口誓子の「天狼」に発表して注目されるが、1957年より20年間、稼業に専念するため句作を中断。1977年より句作再開し、うさみとしおとの二人誌「晩紅」を発行。1987年「雷魚」創刊同人。句作再開後は「天狼」時代と打って変わり、虚実皮膜とも言われる玄妙な句を作った。2005年、現代俳句協会賞を受賞。2011年、句集『鏡騒(かがみざい)』により小野市詩歌文学賞受賞。同年、「晩紅」休刊し、木枯を囲む同人誌「鏡」が寺澤一雄により創刊。2012年、間質性肺炎により87歳で死去[2]




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