八条宮
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 08:16 UTC 版)
正親町天皇の第一皇子である誠仁親王の第六皇子・智仁親王を祖とする。 智仁親王は初め豊臣秀吉の猶子となったが、秀吉に実子が生まれたため豊臣家を離れてあらたに秀吉から邸宅と知行地を献じられ、一家を立てた。 智仁親王が作った別邸が桂離宮である。本邸跡は今も今出川通に面してあるが、その別邸である桂離宮が京都八条通の沿線上にあったことから八条宮(はちじょうのみや)と呼ばれた。 智仁親王(誠仁親王(陽光太上天皇)の皇子、後陽成天皇の弟) 智忠親王(智仁親王の王子) 穏仁親王(後水尾天皇の皇子) 長仁親王(後西天皇の皇子) 尚仁親王(後西天皇の皇子、長仁親王の弟)
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