京阪電気鉄道と第2京阪線計画
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/29 14:50 UTC 版)
「京阪梅田線」の記事における「京阪電気鉄道と第2京阪線計画」の解説
京阪電気鉄道は、淀川西岸への進出と、それによる自社線との相乗効果を狙って、1919年(大正8年)に大阪府東成郡榎並町 - 京都府紀伊郡納所村間30.4 kmと、その支線としての大阪府東成郡清水村 - 東成郡城北村間2.9 km・大阪府東成郡城北村 - 西成郡豊崎町川崎間1.2 km・京都府乙訓郡大山崎村 - 京都市下京区四条大宮町間15.1 kmの4路線合計43.8 kmの軌道法に基づく特許を収得することに成功した。しかし鉄道省および大阪市はその交付に当たって、大阪市全体の発展を見据えて大阪市内の別の場所にもう一か所起点駅を設けることを求めた。
※この「京阪電気鉄道と第2京阪線計画」の解説は、「京阪梅田線」の解説の一部です。
「京阪電気鉄道と第2京阪線計画」を含む「京阪梅田線」の記事については、「京阪梅田線」の概要を参照ください。
- 京阪電気鉄道と第2京阪線計画のページへのリンク