上杉朝定 (二橋上杉家)とは?

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 上杉朝定 (二橋上杉家)の意味・解説 

上杉朝定 (二橋上杉家)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/08/19 16:33 UTC 版)

上杉 朝定(うえすぎ ともさだ)は、南北朝時代武将。二橋上杉家[1]当主。丹後国守護


  1. ^ 八条上杉家扇谷上杉家の前身。
  2. ^ 後に朝定が上杉氏の菩提寺である丹波国光福寺に所領を寄進した際に清子が関与した形跡がみられ、後の室町幕府要職の抜擢も彼女の影響があった可能性がある。
  3. ^ 阪田、2013年、P46-47
  4. ^ 丹波国何鹿郡天田郡分郡守護であったとする説もある(今谷明『守護領国支配機構の研究』第五章「室町戦国期の丹波守護と土豪」(法政大学出版会、1986年)。
  5. ^ 異母兄高義の娘。
  6. ^ 『師守記』康永3年8月2日条。
  7. ^ 山田、2013年、P79・95
  8. ^ 阪田、2013年、P47
  9. ^ 観応元年7月28日『祇園執行日記』。
  10. ^ 山田、2013年、P80-81
  11. ^ 阪田、2013年、P49-50
  12. ^ 阪田、2013年、P50
  13. ^ 阪田、2013年、P42・60-61


「上杉朝定 (二橋上杉家)」の続きの解説一覧


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「上杉朝定 (二橋上杉家)」の関連用語

上杉朝定 (二橋上杉家)のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング



上杉朝定 (二橋上杉家)のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの上杉朝定 (二橋上杉家) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2019 Weblio RSS