三重県の潮田氏
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1337年 時の潮田氏長男 清景、次男 実員、3男 幹景、4男 実成、5男 実賢の内、3男 潮田刑部左衛門尉幹景は、南朝宗良親王を奉じて伊勢に下った北畠親房の招集に応じ、現三重県松阪市に神山城を築城、城主となる。1339年 南朝軍を率いて籠城し勝利した。 1569年 潮田英高(長助)正重(1505-1576 北畠具教・具房の家臣 中務少輔 妻:山崎家娘)は、平山城四五百森城(よいほのもり 後に松坂城が建つ地)を岸江又三郎、星合左衛門尉と共に築城、城主となる。以降、三重県で馬之上潮田家及び山崎家として今に続く。
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