七族五老
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/28 14:12 UTC 版)
奥平氏が三州へ転住した後、奥平貞昌の大叔父、叔父、弟、甥から支族が分出したが、奥平宗家は、彼らを独立させるよりも奥平氏の重臣として厚遇することで、弱体化を防止した。これら分流のうちから、有力7家が重臣家となった。それと平行して、奥平氏以上に弱小な在地の領主などを併呑していく過程の中で、そのうちから5氏が重臣家となり、この12家が、七族五老と呼ばれる奥平氏の家老衆となった。 七族(諸説があり、該当しない一族も含まれる) 和田奥平家雨山奥平家 - 本姓は阿知波氏。和田奥平家の奥平出雲守が離反して甲州に走ったために、代わりに七族におさまる 土佐奥平家 夏山奥平家 萩奥平家 田代奥平家 中金奥平家 日近奥平家 稲木奥平家 名倉奥平家 - 名倉貞次を祖とする。子の信光(喜八郎)は本多信俊とともに、徳川家康の名代として河尻秀隆のもとに赴いた 鳥川奥平家 五老 山崎家 - 生田家と共に有事の先鋒を担う先手双翼 生田家 - 山崎家と共に有事の先鋒を担う先手双翼 兵藤家 黒屋家 - 奥平正勝の入嗣により黒屋奥平家となる 夏目家
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