ローンテニスの台頭
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/25 09:07 UTC 版)
「ジュ・ド・ポーム」の記事における「ローンテニスの台頭」の解説
1874年2月、イギリスのウォルター・クロプトン・ウィングフィールドは自らスファイリスティケーと名付けた新スポーツの特許を取得した。当時のイギリス人たちはこのギリシア風綴りの語の語尾だけをとってスティッキーと呼んだが、ここで少佐は自らが考案したと主張する球技を、古代ギリシアの神話で王女ナウシカアが遊んだボール遊びやジュ・ド・ポームの歴史に連なるものとして規定した。「昔のジュ・ド・ポームをやるための新しく改善された、持ち運びのできるコート」としてその新規性を強調したのである。 芝生(lawn)の上で競技したことからスファイリスティケーはローンテニス(lawn tennis)の名で呼ばれることとなり、1875年、オールイングランド・クローケークラブがこれを採用、1877年には同クラブによって最初のウィンブルドン選手権が開催された。
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