ロキシーの夜とは? わかりやすく解説

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ロキシーの夜

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/20 14:29 UTC 版)

ロキシーの夜
近田春夫
近田春夫&ハルヲフォン
シングル
リリース
録音 1977年
ジャンル ロック
時間
レーベル キングレコード
プロデュース 近田春夫
チャート最高順位
近田春夫
近田春夫&ハルヲフォン シングル 年表
恋のT.P.O.
1976年
ロキシーの夜
1977年
きりきりまい
1978年
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ロキシーの夜』は、1977年(昭和52年)8月21日にリリース[1]された日本のロックシンガー近田春夫のソロデビューシングルであり、且つ日本のロックバンド近田春夫&ハルヲフォンの4枚目のシングルでもある。

概要

シングル『ロキシーの夜』は、A面が「近田春夫」名義、B面が「近田春夫&ハルヲフォン」名義という変則的なクレジットで発売された。

当初本シングルは、近田春夫&ハルヲフォンのフロントマンである近田春夫の「ソロデビューシングル」として企画された。作詞に、当時高田みづえ硝子坂』等の作詞家としてヒットを飛ばしていた、プラスチックスリズムボックス奏者・島武実、そして作曲には、当時飛ぶ鳥を落とす勢いの作曲家筒美京平を起用した。近田の当時の志向として、ロックの立場で歌謡曲を歌う、というスタンスによる[2]

当時のハルヲフォンのメンバー恒田義見の回想によれば、恒田は本シングルの演奏にはかかわらなかったが、レコーディング中の近田から六本木に呼び出され、B面『闇にジャックナイフ』のキーがどうしても合わないから歌ってくれないか、と誘われたという。それが、B面のみリードヴォーカルが恒田であり、近田春夫&ハルヲフォン名義であることの経緯である[2]。恒田によれば、本作がハルヲフォンの最後のレコードになった、ということである[2](この後にカヴァーアルバム&シングルのリリースがあるので、「オリジナル曲としては最後」という意味だと思われる)。

A面の『ロキシーの夜』、B面の『闇にジャックナイフ』はともに、当時アルバムに収められることはなかったが、アルバム『電撃的東京』が初CD化された際にボーナストラックとして追加された。その後、3回にわたってCD再発売された際にも2曲のボーナストラックを伴っており、いずれの曲も容易に聴くことができる[3]

収録曲

  1. ロキシーの夜
  2. 闇にジャックナイフ
    • 作詞島武実、作曲筒美京平、編曲近田春夫

関連項目

  1. ^ 月刊『明星』(集英社)、1977年10月号別冊付録『Young Song 1977.10』、『ロキシーの夜』の項(P.40)の記述を参照。
  2. ^ a b c 恒田義見の公式ブログ「ROCK'N ROLL MY WAY」内の「ハルヲフォン誕生 Archived 2009年3月3日, at the Wayback Machine.」(2008年12月14日付)の記述を参照。
  3. ^ #外部リンクの「電撃的東京」の各リンク先の記述を参照。

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