ルドルフ・ラチエンとは? わかりやすく解説

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ルドルフ・ラチエン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/05/06 14:09 UTC 版)

ルドルフ・ラチエン
生誕 1881年
ドイツ帝国 プロイセン王国ハノーファー
死没 1947年(66歳)
日本 神奈川県茅ヶ崎市菱沼
職業 実業家
配偶者 アサオ・ラチエン

ルドルフ・ラチエン(Rudolf Ratjen, 1881年 - 1947年)は、ドイツ人貿易商。

概要

1902年明治35年)に、炭酸水販売会社の社員として来日し、土井朝於(どいあさお。岡山県赤磐郡太田村万富出身)と結婚した。

東京都青山の旧宇和島藩伊達家跡地(現在の港区六本木七丁目)で、自動車メルセデス・ベンツなど)や写真機刃物などのドイツ製品輸入業の「ラチエン商会」を営んだ。同時に、ポリドール・レコードの日本代表も務めた。

東京都赤坂区青山北町の自宅の他に、神奈川県藤沢市鵠沼に別荘を持ったが、関東大震災で崩壊したため、1932年昭和7年)に、茅ヶ崎市茅ヶ崎(現在の同市松が丘および旭が丘周辺)に約15,000坪の土地を購入し、住宅を建設(1936年完成)した。ラチエンはを好み、家の前を海岸に向かう道を桜並木とした。この通りはラチエン通りと呼ばれている。

茅ヶ崎の住宅は、太平洋戦争後から1952年(昭和27年)8月26日まで、アメリカ軍の一時使用施設(旧JPNR702)に指定された。その跡地の一部は、現在「松が丘ラチエン通り公園」(茅ヶ崎市松が丘一丁目)となっている。

脚注




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