ムーア・スクール
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ムーア・スクールまたはムーア電気工学スクール(ムーアでんきこうがくスクール、Moore School of Electrical Engineering)は、ペンシルベニア大学にかつてあった電気工学の教室である。アルフレッド・フィトラー・ムーア(Alfred Fitler Moore)からの寄付によって1923年6月4日に設立され、ペンシルベニア大学から電気工学部として認定された。ムーア・スクールの最初の学部長はハロルド・ペンダーだった 。
ムーア・スクールは、コンピュータ産業の発祥地として特に有名である。
- 1943年から1946年にかけて、世界初の汎用チューリング完全デジタル電子計算機であるENIACが構築された。
- ENIACの後継機であるEDVACの予備設計作業の過程で、今日の全てのコンピュータで使用されているプログラム内蔵方式の概念が生まれた。その論理デザインは、ジョン・フォン・ノイマンによるEDVACに関する報告書の第一草稿で発表されたもので、これはフォン・ノイマンが出席したムーア・スクールでの会議の内容をまとめた一連のメモである。
- 世界初のコンピュータに関する集中講義であるムーア・スクール・レクチャーが1946年夏にムーア・スクールで行われ、ここから世界中でコンピュータ開発が爆発的に発展した。
- ムーア・スクールの教員だったジョン・モークリーとジョン・プレスパー・エッカートは、世界初のコンピュータメーカーであるエッカート・モークリー・コンピュータを設立し、UNIVAC Iを製造した。

ムーア・スクールはペンシルベニア大学の工学部に統合され、単独の実体としては現存しない。しかし、3階建ての校舎自体は現存しており、キャンパス内ではムーア・スクールビルとして知られている。校舎は元々2階建ての建物として1921年に建てられ、1926年に改装され、1940年に3階部分が増築された[1]。
脚注
- ^ http://www.seas.upenn.edu/about-seas/buildings.php, accessed August 11, 2011
外部リンク
- history for all of Penn Engineering - ペンシルベニア大学工学部の歴史。ムーア・スクールの歴史も含む。
ムーア・スクール
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「ジョン・モークリー」の記事における「ムーア・スクール」の解説
1941年の夏、モークリーはペンシルバニア大学ムーア・スクール(電気工学部)で電子工学の防衛訓練コースを受講した。そこで彼は研究室の講師で、以降長年に渡ってワーキングパートナーシップを組むことになるジョン・プレスパー・エッカート(1919年 - 1995年)と出会った。コースの終了後、モークリーは電気工学の講師としてムーア・スクールに雇用され、1943年に電気工学の助教授に昇進した。
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