マルマリスとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > デジタル大辞泉 > マルマリスの意味・解説 

マルマリス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/10 19:38 UTC 版)

マルマリス
Marmaris
位置
座標 : 北緯36度51分 東経28度16分 / 北緯36.850度 東経28.267度 / 36.850; 28.267
行政
トルコ
 地方 エーゲ海地方
  ムーラ県
 市 マルマリス
人口
人口 (2008年現在)
  市域 31,450人
その他
等時帯 極東ヨーロッパ時間 (UTC+3)
郵便番号 48700
市外局番 (0090)+252
ナンバープレート 48
公式ウェブサイト : www.marmaris.bel.tr

マルマリストルコ語:Marmaris)は、トルコ共和国の南西部、エーゲ海地方ムーラ県にある都市。主な収入源は観光業である。ギリシアロドス島との間にフェリーが運行している。

歴史

いつ街が設立したのか正確には分かっていないが、紀元前6世紀にピュスコス (Physkos) の名前で知られており、古代都市カリアの一部分だったと考えられている。歴史家のヘロドトスによると、紀元前3000年からマルマリスには城があった。ヘレニズム期にカリアはアレクサンドロス3世(大王)によって侵略され、城は包囲された。600人いた町の住人達は、軍隊に対抗することを諦め、城内の貴重品を焼き払って、女、子供とともに丘に逃げた。城の戦略的な重要性を認知していた侵略者達は、帰還前の兵士200~300人を収容するために、城の破壊された箇所を修理した。 そのおよそ2000年後の15世紀中頃、オスマン帝国スルタンメフメト2世が、アナトリアの種族や王族達を、1つの軍旗の下で統一して、征服することに成功した。しかしドデカネス諸島を占領していたロドス島騎士団には悩まされた。騎士団はロドス島を拠点とし、数年にわたりメフメト2世と戦った。 1522年、スルタンのスレイマン1世によって城が建て直され、ロドス島への遠征が始まった。このときマルマリスは軍事拠点となった。

外部リンク



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「マルマリス」の関連用語

マルマリスのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



マルマリスのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのマルマリス (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS