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マックス・メルケル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/25 18:00 UTC 版)

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マックス・メルケル
ニュルンベルクでのメルケル
名前
ラテン文字 Max Merkel
基本情報
国籍  オーストリア
ドイツ
生年月日 (1918-12-07) 1918年12月7日
出身地 ウィーン
没年月日 (2006-11-28) 2006年11月28日(87歳没)
選手情報
ポジション DF
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1936-1937 ラピード・ウィーン 1 (0)
1937-1942 ウィーンSC
1942-1944 ルフトヴァッフェン
1945-1946 ウィーンSC
1946-1954 ラピード・ウィーン 145 (7)
代表歴
1939 ドイツ 1 (0)
1952 オーストリア 1 (0)
監督歴
1954-1955 クレーイェンハウト
1955-1956 オランダ代表
1956-1958 ラピード・ウィーン
1958-1961 ボルシア・ドルトムント
1961-1966 TSV1860ミュンヘン
1967-1969 ニュルンベルク
1969-1971 セビージャ
1971-1973 アトレティコ・マドリード
1974-1975 TSV1860ミュンヘン
1975-1976 シャルケ
1976-1977 アウクスブルク
1981-1982 カールスルーエ
1983 チューリッヒ
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

マックス・メルケルMax Merkel1918年12月7日 - 2006年11月28日)は、オーストリアウィーン出身の元サッカー選手、元サッカー指導者。ポジションはディフェンダー

略歴

オーストリア共和国時代のウィーンに生まれ、1936年にSKラピード・ウィーンでプロデビューを果たす。翌年にウィーンSCへ移籍すると、1939年にはその活躍からドイツ代表にも招集された。1946年、10年ぶりに古巣ラピード・ウィーンへ復帰し、8シーズンを同クラブでプレーして現役を引退した。また、ラピード・ウィーン在籍時にオーストリア代表に1度だけ招集され、1キャップを記録した。

現役引退後すぐにサッカー指導者として働き始め、1954-55シーズンはオランダのHBCクレーイェンハウトを率いた。そこでの手腕が認められ、37歳にしてオランダ代表の指揮を取ることになった。オランダ代表では1年間の在籍で終わったが、1958年からは拠点をドイツに移し、1963-64シーズンにはTSV1860ミュンヘンにてDFBポカールを、翌シーズンはブンデスリーガを制した。1964-65シーズンにはTSVミュンヘンをUEFAカップウィナーズカップ決勝にまで導いたものの、ウェストハム・ユナイテッドFCに0-2で敗れた。こうして1967年、TSV1860ミュンヘンをドイツ屈指の強豪に成長させた功績を買われ、1.FCニュルンベルクに引き抜かれた。ここでも1967-68シーズンにブンデスリーガ優勝を果たすなど、ドイツサッカー界を代表する監督になった。

1971年、セビージャFCで2シーズン監督を務めた後、アトレティコ・マドリードの監督に抜擢された。以前の監督が1シーズン足らずで解任されるなど、不安定な成績を収めていたクラブをメルケルは改革し、1シーズン目にはコパ・デル・レイを、2シーズン目にはラ・リーガを制覇するなど、クラブに黄金期をもたらした。

アトレティコ・マドリードを退団した後はドイツのクラブを転々とするも、スペイン時代以前の成績は残せず、1983年にFCチューリッヒを率いて監督業からも身を引いた。

タイトル

監督

SKラピード・ウィーン
1860ミュンヘン
1.FCニュルンベルク
  • ブンデスリーガ : 1回 (1967-68)
アトレティコ・マドリード

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