ベルガーの独走
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/08 03:39 UTC 版)
「1987年日本グランプリ (4輪)」の記事における「ベルガーの独走」の解説
その後ベルガーは2位を寄せ付けずトップの走行を続け、25周目のタイヤ交換時にセナとピケに先に行かれるものの、両者がタイヤ交換を行うと首位に復帰し独走態勢を築くかに思えた。しかし、燃費を気にしてレース途中でペースを落としたために、ピットインを20周目という早めにする作戦が決まりセナとピケの前に出ることに成功していたマクラーレンのステファン・ヨハンソンに直後に迫られ、26周目には3秒9差、30周目には2秒差を切るまでに接近した。 しかしベルガーのフェラーリと同じくマクラーレン・TAGも燃費を気にしなければならず、ピットからブースト圧を下げろと指示が送られたヨハンソンを突き放し、35周目には6秒2差、40周目には9秒3差、50周目には13秒差までマージンを開き再び独走態勢を築くことに成功、ベルガーはこのグランプリまで37レース勝利のなかったフェラーリに2年ぶりのF1優勝をもたらした。
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