ヘンリエッタ・マリア王妃の侍女
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「マーガレット・キャヴェンディッシュ」の記事における「ヘンリエッタ・マリア王妃の侍女」の解説
第一次イングランド内戦が勃発した時、ルーカス一家は国王チャールズ1世を支持しており、安全を求めてマーガレットは王党派の牙城であるオックスフォードに引っ越した。1643年、マーガレットは王妃ヘンリエッタ・マリアのメイド・オヴ・オナーとなった。翌1644年にマーガレットは亡命する王妃に付き従ってフランスに向かい、パリに亡命宮廷ができた。ヘンリエッタ・マリアはルイ13世の妹で、当時のフランス王である幼いルイ14世にとっては叔母であった。 1645年、2年前に妻のエリザベスを亡くして寡夫となった王党派の貴族であるニューカッスル侯爵(後のニューカッスル公爵)ウィリアム・キャヴェンディッシュがパリの王妃のもとにやってきた。マーガレットの兄であるサー・チャールズ・ルーカスはウィリアムの部下であった。ウィリアムはベン・ジョンソンなどの文人の後援者で本人も劇作家として活動するほど文芸に通じた人物であり、マーガレットに対して愛の詩を書いて求婚した。
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