ファチマの聖母少年の町とは? わかりやすく解説

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ファチマの聖母少年の町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/11 03:20 UTC 版)

ファチマの聖母少年の町

荒井勝三郎司教と子どもたち
団体種類 社会福祉法人
設立 1955年(昭和30年)2月
解散 1971年(昭和46年)3月
所在地 大和町南林間(当時)
活動地域 JPN
活動内容 児童養護施設
親団体 社会福祉法人聖母会
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ファチマの聖母少年の町英語: Madonna of Fatima Boys' Town)は、1955年(昭和30年)に神奈川県大和市に設立されたカトリック系(社会福祉法人聖母会)の児童養護施設で、正式名称は「聖母愛児園分園 ファチマの聖母少年の町」。この施設は、戦後の日本において、アメリカ人兵士と日本人女性との間に生まれた混血の孤児(男児)を保護・養育する目的で開設された。当時、混血児に対する社会的偏見が強く、彼らの生活環境は非常に厳しいものだった。運営資金は、本園が横浜市に措置費請求をしていた。本園を通じてGIベビーを受入、多くの子どもたちが社会へ巣立っていった。国際養子縁組で米国に移民する子どもたちもいた。[1][2]

概要

施設の名称にある「ファチマの聖母」とは、1917年にポルトガルファティマという町で3人の子供たちの前に出現したとされる聖母マリアのことを指す。この出来事は「ファティマの奇跡」として知られ、カトリック教会によって公認された宗教的な出来事です。日本の施設がこの名前を採用したのは、聖母マリアの慈愛と保護の象徴として、混血孤児たちに希望と安心を与える意図があったと考えられる。施設の運営にあたっては、当初、地元の学校への通学が難しかったため、子供たちは横浜市中区の元街小学校までバスで通学していた。その後、地域との交渉を経て、1960年(昭和35年)からは地元の林間小学校への通学が可能となった。最盛期には約60人の子供たちが共同生活を送り、教育や生活指導を受けていた。しかし、時代の変化とともに混血児への偏見が薄れ、社会的な支援体制も整ってきたことから、施設の役割は徐々に終息に向かった。1971年(昭和46年)3月、「ファチマの聖母少年の町」としての業務を終了し、その後、施設の土地と建物は市に売却され、社会福祉施設「松風園」として新たな役割を担うこととなった。

この施設は、戦後の日本社会における混血孤児の支援という重要な役割を果たし、カトリック教会荒井勝三郎司教)の慈善活動の一環として、子供たちに安心と希望を提供してきた。その歴史は、今もなお多くの人々の記憶に残り、語り継がれている。[1][2]

沿革

  • 昭和28(1953)年12月 教皇より五万ドル、横浜のカトリック信者より九千ドルの寄付にて、大和町南林間に八千坪の土地を購入、346坪(収容人員9名)の建物の建築を準備。名称を横浜聖母愛児園分園、「ファチマの聖母少年の町」とした。
  • 昭和29(1954)年8月 定礎式(荒井勝三郎司教司式)、建築着工。
  • 昭和30(1955)年2月 子供達34名横浜聖母愛児園より少年の町に移る。
  • 昭和30(1955)年3月 落成式(荒井勝三郎司教司式)、フルステンベルグ教皇大使、内山神奈川県知事、八木大和町長、外国人、日本人約千名、子供達34名出席。
  • 昭和30(1955)年4月 9名の子供が市立元街小学校入学。大和町の地元住民、学校の反対により、林間小学校へ入学かなわず、元街小学校ヘスクールバスにて通学(以後 5年間続く。)
  • 昭和35(1960)年4月 4名の子供が本園より入園、大和市立林間小学校に入学。三期生から七期生まで33名が地元大和市立林間小学校への転校が許可され、横浜へのバス通学が打ち切られた。
  • 昭和38(1963)年12月 アフターケアー施設聖ヨゼフ寮工事着工。
  • 昭和39(1964)年5月 聖ヨゼフ寮落成式(荒井勝三郎司教司式)
  • 昭和44(1969)年9月 財団法人大和市公共土地公社に土地六、七九三坪、本館、職員宿舎、売却契約が成立。 9月  聖ヨゼフ寮、隣接の土地に移設工事着工。
  • 昭和44(1969)年12月 聖ヨゼフ寮移設工事完了、引越し。
  • 昭和46(1971)年3月 横浜聖母愛児園分園「ファチマの聖母少年の町」としての一切の事務終了。以後は、アフターケアー施設ヨゼフ寮として存続。

[1][2]

脚注

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