トンブリー王朝・チャクリー王朝初期
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「タイ文学」の記事における「トンブリー王朝・チャクリー王朝初期」の解説
トンブリー王朝のタークシンは『ラーマーヤナ』のタイ版とも言われる『ラーマキエン』の編纂を行う。この作業はタークシンの処刑と共にチャクリー王朝のラーマ1世に受け継がれ学者などを動員して完成された。この作業時にはタイの説話なども取り入れられインドのヴァールミキ版とは筋は似通っているものの、全く別の趣を持つ文学作品に仕上がり、文学の典型として近代文学でも頻繁に引用される他、絵画、ラコーン(劇)などに大きな影響を及ぼした。ラーマ2世・ラーマ3世の時代にはこの形式の長ったらしい定型の叙事詩が大いに隆盛を極めた。 とくにラーマ2世に置いては世界でもっとも優れた詩人の一人とも言われることのあるスントーン・プーが現れた。スントーン・プーは代表作であり、一人の手による詩としては世界最長とも言われる雅俗混交体の『プラ・アパイマニー』を創作。ラーマ2世、3世とともに『クン・チャーン=クン・ペーン』を共作した。ラーマ2世はジャワの『パンジー物語』を元に『イナオ』などを著作。また『サントーン』、『クライトーン』などの現在でも古典的名作として取り上げられる著作を残した。
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