セイフガード (救難艦・2代)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/25 13:07 UTC 版)
セイフガード | |
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九州沖を航行中のセイフガード
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基本情報 | |
建造所 | ピーターソンビルダーズ[1] |
運用者 | ![]() |
艦種 | 救難艦(ARS) |
級名 | セイフガード級救難艦 |
艦歴 | |
起工 | 1982年11月8日[1] |
進水 | 1983年11月12日[1] |
就役 | 1985年8月17日[1] |
退役 | 2007年9月26日 / 2016年9月1日[1] |
要目 | |
満載排水量 | 3,336 t[2] |
全長 | 77.7 m[2] |
幅 | 15.5 m[2] |
吃水 | 5.2 m[2] |
主機 | キャタピラー ディーゼルエンジン×4基[2] |
出力 | 4,200 hp[2] |
推進 | スクリュープロペラ2軸[2] |
速力 | 14ノット[2] |
航続距離 | 8,000海里(12ノット巡航時)[2] |
乗員 | 78名[2] |
兵装 | エリコン Mk.67 20mm単装機関砲×2基[3](後日撤去[2]) |
レーダー | AN/SPS-55 航海レーダー[3] |
セイフガード(英語: Safeguard、ARS-50→T-ARS-50)は、アメリカ海軍の救難艦。セイフガード級救難艦のネームシップで、アメリカ海軍での同名艦としては2代目[1]。
諸元についてはセイフガード級救難艦を参照。
艦歴
セイフガードは、1982年11月8日にウィスコンシン州のスタージョンベイにあるピーターソンビルダーズで起工された[1]。1983年11月12日にドーネル・キルクライン夫人(大西洋艦隊海軍航空隊司令トーマス・J・キルクライン・シニア中将の妻)の後援のもと進水し、1985年8月17日に就役した[1]。初代艦長はケネス・D・ハーヴェイ少佐[1]。
2007年9月26日に海軍から退役[1]。軍事海上輸送司令部(MSC)に移管され、艦番号がT-ARS-50となる[4][2]。
2011年の東日本大震災ではトモダチ作戦に従事[1]。八戸港と宮古港での障害物除去作業などを実施した[5]。
2014年4月16日に韓国で発生したセウォル号沈没事故では、支援のため現場に向かっている[6]。
2014年6月10日、第二次世界大戦中にバタビア沖海戦で撃沈された重巡洋艦ヒューストンの潜水調査活動を支援[7]。この調査により、無許可ダイバーが部品や弾薬の持ち去りなどを行っており、環境被害や戦没者への冒涜を引き起こしている可能性が指摘された[7]。
2016年10月1日に退役し、ハワイの真珠湾にある海軍非活動艦艇整備施設(NISMF)で保管状態となった[4]。
脚注
出典
- ^ a b c d e f g h i j k “Safeguard II (T-ARS-50)”. アメリカ海軍 (2016年1月11日). 2025年9月24日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l Saunders 2015, p. 975.
- ^ a b Saunders 1989, p. 757.
- ^ a b “Ship Details - SAFEGUARD (ARS 50)”. アメリカ海軍 (2016年10月3日). 2025年7月2日閲覧。
- ^ “東日本大震災に係る米軍による支援(トモダチ作戦)”. 日本国外務省 (2011年8月29日). 2025年9月24日閲覧。
- ^ “Navy recovery vessel USNS Safeguard en route to South Korea”. 星条旗新聞 (2014年4月23日). 2025年9月25日閲覧。
- ^ a b “Report calls for protection of wreck of USS Houston”. 星条旗新聞 (2014年12月8日). 2025年9月25日閲覧。
参考文献
- Stephen Saunders, ed (1989) (英語). Jane's Fighting Ships 1989-1990. Janes Information Group. ISBN 978-0710608864
- Stephen Saunders, ed (2015) (英語). Jane's Fighting Ships 2015-2016. Janes Information Group. ISBN 978-071063143-5
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