スレーター則とは? わかりやすく解説

スレーター則

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/01 05:08 UTC 版)

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量子化学において、 スレーター則 (Slater's rules) とは、有効核電荷の具体的な値を与える法則である。多電子原子では、各電子は別の電子による遮蔽により実際の核電荷よりも小さな電荷しか感じない。スレーター則により、原子の各電子について実際の核電荷と有効核電荷を以下のように関連付ける遮蔽定数 sS または σ と表記することもある)の値を得ることができる。

この法則はジョン・C・スレイターにより半経験的に導出され、1930年に公表された[1]

ハートリー・フォック法による原子構造計算に基づいた修正値がエンリコ・クレメンティ英語版らによって1960年代に公表された[2][3]

法則

まず、[1][4]電子を主量子数英語版 n に従って昇順、 n が同じ場合は方位量子数 に従ってグループ化し、昇順に並べる(s電子とp電子だけはまとめる)。

[1s] [2s,2p] [3s,3p] [3d] [4s,4p] [4d] [4f] [5s, 5p] [5d] etc.

それぞれのグループについて、そのグループより前のグループに入っている電子の数と軌道の種類に依存した異なる遮蔽定数が与えられる。

それぞれのグループの遮蔽定数は次の三つの寄与の和からなる。

  1. 同じグループにある別の電子の数の 0.35 倍( [1s] グループだけは 0.30 倍)
  2. [s p] 型のグループの場合、そのグループよりも主量子数が1だけ小さいグループの電子数の 0.85倍、主量子数が2以上小さいグループの電子数の1.00倍
  3. [d] 及び [f] 型のグループの場合、そのグループよりも原子に「近い」電子の数の 1.00倍。つまり、 i) 主量子数 n が小さいグループと ii) 主量子数が同じでも方位量子数 が小さいグループの電子数である。表にまとめると、この法則は以下のように表わされる。
グループ 同グループ内の他の電子 主量子数 n方位量子数 < のグループ内の電子  主量子数が n-1 のグループ内の電子 主量子数が n-1 よりも小さいグループ内の全ての電子
[1s] 0.30 - - -
[ns,np] 0.35 - 0.85 1
[nd] or [nf] 0.35 1 1 1

スレーターの原論文に載せられた例は、原子数 26 で電子配置が 1s22s22p63s23p63d64s2原子の例である。 遮蔽定数および有効核電荷は以下のように計算される[1]

有効核電荷は原子番号 26 から遮蔽定数を引いて計算されている。

動機

この法則は、原子の全ての電子の原子軌道を単純な解析的数式として求めるためにジョン・C・スレーターにより開発された。具体的には、遮蔽定数 (s) と「有効」量子数 (n*) を用いて次のように原子軌道を表わす。

このような波動関数で原子軌道の一粒子波動関数を近似できる。スレーターは n* を n = 1, 2, 3, 4, 5, 6 に対してそれぞれ n* = 1, 2, 3, 3.7, 4.0, 4.2 と定義した。これは計算結果と実験データを合わせるために適当に調整されたものである。

この形式は水素様原子における厳密解の動径成分

を元にしている。ここで、 n は(真の)主量子数英語版方位量子数fnl(r)n − 1 個の節をもつ振動する多項式である[5]。スレーターはクラレンス・ツェナーが先に示した、動径方向の節はなくても妥当な近似が可能であることを示す計算結果に基づいて議論をしている[6]。彼はまた、彼の近似式は原子から離れるにしたがって、核電荷が Zsn が有効主量子数 n* と一致するような水素様原子の厳密解と漸近的に一致することを述べている。

スレーターはさらに、これもツェナーの結果に基づき、彼の近似式を軌道としてもつ N-電子原子の全エネルギーは次の近似式で良く近似されることを示している。

原子(またはイオン)のエネルギーについてのこの式は遮蔽定数の関数となっているから、スレーターはさまざまな原子のエネルギースペクトルにもとづいてこの法則を構成することができた。この全エネルギー式に先の中性鉄原子についての遮蔽定数の値を代入すると、その全エネルギーは -2497.2 リュードベリ となるのに対し、 1s 電子を欠く鉄陽イオンの全エネルギーは -1964.6 リュードベリとなる。この差 532.6 リュードベリは、(1930年ごろに)実験的に測定されたK吸収端英語版から導かれる 524.0 リュードベリと対応する[1]

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d Slater, J. C. (1930). “Atomic Shielding Constants”. Phys. Rev. 36 (1): 57–64. Bibcode1930PhRv...36...57S. doi:10.1103/PhysRev.36.57. http://astrophysics.fic.uni.lodz.pl/100yrs/pdf/04/008.pdf. 
  2. ^ Clementi, E.; Raimondi, D. L. (1963). “Atomic Screening Constants from SCF Functions”. J. Chem. Phys 38 (11): 2686–2689. Bibcode1963JChPh..38.2686C. doi:10.1063/1.1733573. 
  3. ^ Clementi, E.; Raimondi, D. L.; Reinhardt, W. P. (1967). “Atomic Screening Constants from SCF Functions. II. Atoms with 37 to 86 Electrons”. Journal of Chemical Physics 47 (4): 1300–1307. Bibcode1967JChPh..47.1300C. doi:10.1063/1.1712084. 
  4. ^ Miessler, Gary L.; Tarr, Donald A. (2003). Inorganic Chemistry. Prentice Hall. pp. 38. ISBN 978-0-13-035471-6 
  5. ^ Robinett, Richard W. (2006). Quantum Mechanics Classical Results, Modern Systems, and Visualized Examples. New York: Oxford University Press. pp. 503. ISBN 978-0-13-120198-9 
  6. ^ Zener, Clarence (1930). “Analytic Atomic Wave Functions”. Phys. Rev. 36 (1): 51–56. Bibcode1930PhRv...36...51Z. doi:10.1103/PhysRev.36.51. 

関連項目


スレーター則

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/03/05 18:09 UTC 版)

有効核電荷」の記事における「スレーター則」の解説

詳細は「スレーター則」を参照 遮蔽定数 S を求め方法について、J・Cスレーター次のように提案した。 有効量子数 n* は、量子数 n と以下のような関係にあるとする。 n1 2 3 4 5 n*1.0 2.0 3.0 3.7 4.0 有効核電荷 Zeff を計算するにあたって原子のもつ以下のようなグループ分類し1sから順に外側グループ電子配列するとする。 (1sグループ)⇒(2s2pグループ)⇒(3s3pグループ)⇒(3dグループ)⇒(4s4pグループ)⇒(4dグループ)⇒(4fグループ)⇒(5s5pグループ)⇒(...)⇒(...)... A. 着目する電子より外側軌道に関して無視するB. 着目する電子と同じグループにあるほかの電子からの寄与電子1つにつき0.35(例外として1s軌道のときだけ0.30)とする。 C. 着目する電子がsとpのグループにあるときは、主量子数が1小さ電子からの寄与電子1個につき0.85とし、その他の内側電子寄与電子1個につき1.00とする。 D. 着目する電子がdまたはfのグループのときは、それより内側にある電子寄与電子1個につき1.00とする。 この方にしたがって Mg, Si最外殻電子 (n = 3) について有効核電荷計算してみると、 Mg(Z = 12, 1s22s22p63s2) Zeff = 12 − (1 × 0.35 + 8 × 0.85 + 2 × 1.00) = +2.85 Zeff = 14 − (3 × 0.35 + 8 × 0.85 + 2 × 1.00) = +4.15 となる。 つまり、(Mgにおいて)電子による遮蔽なければ、この最外殻電子は+12核電荷の影響を受けるが、電子が間に存在することにより核電荷が+2.85にまで減少することを示している。

※この「スレーター則」の解説は、「有効核電荷」の解説の一部です。
「スレーター則」を含む「有効核電荷」の記事については、「有効核電荷」の概要を参照ください。

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