コロンボ会議とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > コロンボ会議の意味・解説 

コロンボ会議

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/05/05 23:42 UTC 版)

コロンボ会議(コロンボかいぎ、Colombo Conference)は、1954年セイロン(現・スリランカ)のコロンボで開催された国際会議。この会議に参加した5国は「コロンボ・グループ」を結成、翌1955年アジア・アフリカ会議(バンドン会議)の開催に尽力した。

背景

第二次世界大戦後、それまで植民地支配を受けていた東南アジア南アジアの国々が独立を果たした。

しかし、その過程ではインドネシアインドネシア独立戦争)のように宗主国との戦争を伴う場合もあり、またベトナムのように、宗主国の思惑と冷戦構造の波及からインドシナ戦争へと至る場合もあった。1954年ディエンビエンフーの戦いでフランス軍が大敗したことで第一次インドシナ戦争は終結へと向かうが、その停戦交渉は大国主導のジュネーヴ会議で進められ、アジア新興国家群に発言の余地はなかった。

こうした状況に反発した東南アジア・南アジア諸国は結束し、インドセイロンインドネシアパキスタンビルマによって独自の会議を開催することになった。

内容

1954年4月28日から5月2日まで、セイロンのコロンボで開催された。この会談において、以下のような内容が示された。

この会議は、戦後独立した新興国による会談のさきがけとなるものであり、ジュネーヴでの休戦交渉に与えた影響も大きかった。この会談後、5国は「コロンボ・グループ」を結成、インドネシアのアリ・サストロアミジョヨ首相が、バンドン会議の開催を提唱した。

関連項目

参考文献




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「コロンボ会議」の関連用語

コロンボ会議のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



コロンボ会議のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのコロンボ会議 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS