コシュレルの戦いとは? わかりやすく解説

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コシュレルの戦い

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/06 19:25 UTC 版)

コシュレルの戦い(コシュレルのたたかい、英語: Battle of Cocherel)は、 1364年5月16日にフランスノルマンディー地方のウルベック=コシュレル英語版付近で起きた、フランス王国軍とナバラ王国軍の間の戦いである。ナバラ王カルロス2世(悪王)が、ブルゴーニュ公の継承権を巡ってフランス王と対立し、[2] 百年戦争でフランスと交戦状態にあったイングランド王国と結んでノルマンディーに攻め込んだが、フランスに撃退された。


  1. ^ S. H. Cuttler (18 December 2003). The Law of Treason and Treason Trials in Later Medieval France. Cambridge University Press. p. 172. ISBN 978-0-521-52643-2. https://books.google.com/books?id=rVHPC_QVLB0C&pg=PA172 2013年5月5日閲覧。 
  2. ^ a b c d Wagner. Encyclopedia of the Hundred Years War. pp. 102-103
  3. ^ André Castelot, Du Guesclin le vainqueur de Cocherel in Vivre au Moyen Âge, Historia Spécial 1996.


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