カタールリーグ復帰
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/14 12:46 UTC 版)
「マルシオ・パッソス・ジ・アルブケルケ」の記事における「カタールリーグ復帰」の解説
2007-08シーズンは復帰したアル・サッドの一員としてカタール・スターズリーグでプレーする。そして前述の国籍問題からカタール代表の出場権を剥奪されると、カタールサッカー協会から経歴偽証の件を厳しく追及され、マスコミやファンからも「カタールから追放しろ!」と一斉にバッシングをうける。2008-09シーズン、形式上はアル・サッドに所属していたが、上記の理由によりクラブや監督エメルソン・レオンとも衝突し、次第に練習への参加も禁止され、試合に出場しない日々が続いた。 2008年11月、エメルソンはクラブから10ヶ月分の給料が未払いな事を理由に契約解除と移籍における違約金(移籍金)の免除を勝ち取った、と日本のマスコミに述べた。この時、アル・サッドとの本来の契約は2009年5月末までとなっていた。代理人は「フランス、ドイツ、日本の複数のクラブから獲得オファーが来ている」と述べ、本人はJリーグ(特に古巣の浦和)復帰を熱望していると語っていた。また、Jリーグチェアマン(当時)鬼武健二も近年、中東で国籍取得(変更)した選手も「アジア枠」の対象になると発言していた。
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