アムド・チベット語とは? わかりやすく解説

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アムド・チベット語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/15 02:48 UTC 版)

アムド・チベット語
ཨ་མདོ་སྐད། a mdo skad
話される国 中華人民共和国 青海省, 甘粛省, チベット自治区, 四川省
話者数 800,000 (1987)
言語系統
表記体系 チベット文字
言語コード
ISO 639-3 adx
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アムド・チベット語はチベット語アムド方言とも呼び、チベット語三大方言の一つである。系統的にはシナ・チベット語族チベット・ビルマ語派、ヒマラヤ語支に属する。

音韻的特徴としてアムド方言では古代の子音クラスターが残っていること、シナ・チベット語族の多くが持つ声調を持たないことなどがあげられる。統語的特徴としては自動詞文の語順はSV、他動詞文の語順はAOVであり、能格分裂現象は見られない。また、動詞が述語となる際にアスペクトなどのほかに、エヴィデンシャリティ、ウチ/ソトを表すことがある。

音韻論

音節構造[1]

音節構造は(C2)(C1)(G)V1(C3)のようにあらわすことが出来る。Cは子音(consonant)、Gはわたり音(glide)Vは母音(vowel)である。()は音節形成の非必須要素である。声調は見られない。/e, a ,o, ə/以外の母音の後にC3が現れることはない。C3に立てる子音は、/p, k, m, n, ŋ, l, r/の七つである。C2として現れる子音は/n, h/のみである。Gに立てる子音は/w, j/である。

音節頭の子音連続のうち、実際にあるのは、/nC1/, /hC1/, /C1w/, /(C2)C1j/という子音連続である。/nC1/のC1には、破裂音、破擦音が可能であり、/hC1/のC1には、破裂音、破擦音、鼻音、流音、半母音が可能である。/nC1/のC1は有声破裂音または無声有気破裂音に限定され、/hC1/のC1は無声無気破裂音、鼻音、流音、半母音に限定される(下表)。/C1w/には/kw, kʰw/の組み合わせがあり、/w/はC1を円唇化する。/C1j/には/pj, kj, kʰj, wj/の組み合わせがあり、後続する母音はすべて/i/である。音節頭の3子音連続は、/hpj/のみしか見つかっていない。

nC1, hC1の組み合わせ(+はその組み合わせが存在することを示す)
p b t d ʈ ʈʰ ɖ k g tɕʰ ts tsʰ dz m n ɲ ŋ l j
n + + + + + + + + + + + +
h + + + + + + + + + + + +

音節末には、/p, k, m, n, ŋ, l, r/しか立たず、/e, a, o, ə/以外の母音には子音は後続しない。母音と音節末子音の組み合わせを以下に示す。

母音と音節末子音の組み合わせ
母音/音節末子音 /-p/ /-k/ /-m/ /-n/ /-ŋ/ /-l/ /-r/
/e/ /ep/ /ek/ /em/ /en/ - /el/ /er/
/a/ /ap/ /ak/ /am/ - /aŋ/ - /ar/
/o/ /op/ /ok/ /om/ /on/ /oŋ/ /ol/ /or/
/ə/ /əp/ /ək/ /əm/ /ən/ - /əl/ /ər/

母音には7つの音素を設定できる。長母音鼻母音は存在しない。

母音音素
前舌母音 中舌母音 後舌母音
狭母音 i ⟨i⟩, y ⟨y⟩ ɯβ~ɯu ⟨u⟩
中央母音 ɛ ⟨e⟩ ə ⟨ə⟩ o ⟨o⟩
広母音 ʌ ⟨a⟩

子音には38個の音素を設定できる。海老原(2019)では、歯茎硬口蓋鼻音[ɲ]を[ȵ]で記載しているが、本稿では簡便のためIPA表記に倣いすべて[ɲ]で記載する。

両唇音 唇歯音 歯茎音 そり舌音 歯茎硬口蓋 硬口蓋音 軟口蓋音 口蓋垂音 声門音
鼻音 m n ɲ ŋ
破裂音 無声無気音 p t ʈ k
無声有気 ʈʰ tɕʰ
有声音 b d ɖ g
破擦音 無声無気音 ts ɕ
無声有気 tsʰ
有気音 dz ʑ
摩擦音 無声無気音 f s ʂ ç χ
無声有気
有声音 z ʁ
流音 l, r
側面摩擦音 ɬ
わたり音 w j

品詞論

海老原(2019)では、アムド・チベット語において、語を単独で文となる自立語、単独で文になれない付属語(後接語のみ)に分け、さらに統語的機能に基づいて品詞を分類している。アムド・チベット語に立てられる品詞は、名詞、代名詞、数詞、形容詞、動詞、副詞、間投詞、不定助詞、格助詞、談話助詞、助動詞、文末助詞、接続助詞である。このうち、名詞、代名詞、数詞、形容詞は格標示が可能な名詞類としてまとめられる。名詞類は、格標示が可能であるが、否定接頭辞や疑問接頭辞を取ることが出来ない。

名詞

名詞は、名詞類のうち特定、一定のものを指示する。コピュラ動詞の補語、存在動詞の主語どちらにもなることが出来る。統語的には、動詞の項になることが出来る。teraŋ「今日」、kʰahtsaŋ「明日」など、時を表す名詞は絶対格形で副詞的な用法も持つ。

hkarma gegen re.[2]

(人名) 教師 コピュラ(ソト)

「カルマは先生だ」

また、名詞には敬語形があり、敬意の対象となる人物の身体部位、所有物、親族などに敬語がみられる(ʁə「頭(敬語形)」、ngo「頭(普通語形)」)。

名詞句は修飾部-主要部の構造をもち、人称代名詞・名詞による修飾はこの順で主要部の前に、形容詞・数詞・指示代名詞・不定助詞による修飾はこの順で主要部の後に置かれる。

格組織の一例を以下に示す。能格・属格は語末の母音を/i/に交替させることによって標示することもできる。

形態
絶対格 gonpa(寺) (無標)
能格 gonpa=ki,

gonpi

=Kə, 母音交替(V>/i/)
属格 gonpa=ki,

gonpi

=Kə, 母音交替(V>/i/)
与格 gonpa=a =Ca
場所格 gonpa=na =na
起格 gonpa=ni =ni
到格 gonpa=tʰəksʰi =tʰəksʰi

代名詞

代名詞は、名詞類のうち特定、一定のものを指示せず、場面によって指示対象が異なる。コピュラ動詞の補語、存在動詞の主語どちらにもなることが出来る。代名詞には、人称代名詞、指示代名詞、疑問代名詞がある。名詞同様、格標示を伴って動詞の項となる。疑問代名詞については、疑問語の項で記載する。

人称代名詞には普通語形と敬語系の二系列があり、いずれも単数、双数(双数接辞-ɲika)、複数(複数接辞-tɕʰo, -zo)がある。複数接辞-tɕʰoは、無気化して-tɕoと自由に交替する。普通語形の一人称の総数と複数には除外形と包括形があり、三人称単数と双数には男性形と女性形がある。敬語形は一人称を欠き、男性形・女性形の区別もない。

人称代名詞普通語形[3]
人称\数 単数 双数 複数
一人称 ŋa ə-ɲi-ka(包括) ŋə-ɲi-ka(除外) ə-tɕʰo,

ə-zo(包括)

ŋə-tɕʰo,

ŋə-zo(除外)

二人称 tɕʰo tɕʰi-ɲi-ka tɕʰi-tɕʰo
三人称 男性形 女性形 男性形 女性形 kʰə-tɕʰo
kʰə(r)ga mə(r)ga kʰə-ɲi-ka mə(r)ge-ɲi-ka
人称代名詞敬語形[4]
人称\数 単数 双数 複数
二人称 tɕʰel tɕʰe(l)-ɲika tɕʰe(l)-tɕʰo
三人称 kʰoŋ kʰoŋ-ɲika kʰoŋ-tɕʰo

人称代名詞普通語形の格を以下で示す。人称代名詞は場所格を持たない。

一人称単数 一人称双数(包括) 一人称双数(除外) 一人称複数(包括) 一人称複数(除外)
絶対格 ŋa ə-ɲi-ka ŋə-ɲi-ka ə-tɕʰo,

ə-zo

ŋə-tɕʰo,

ŋə-zo

能格 ŋi ə-ɲi-ki ŋə-ɲi-ki ə-tɕʰi, ə-zi, ə-tɕʰo=Kə, ə-zo=Kə ŋə-tɕʰi, ŋə-zi, ŋə-tɕʰo=Kə, ŋə-zo=Kə
属格 ŋi ə-ɲi-ki ŋə-ɲi-ki ə-tɕʰi, ə-zi, ə-tɕʰo=Kə, ə-zo=Kə ŋə-tɕʰi, ŋə-zi, ŋə-tɕʰo=Kə, ŋə-zo=Kə
与格 ŋa=a ə-ɲi-ka=a ŋə-ɲi-ka=a ə-tɕʰo=a, ə-zo=a, ə-tɕʰo=o, ə-zo=o ŋə-tɕʰo=a, ŋə-zo=a, ŋə-tɕʰo=o, ŋə-zo=o
起格 ŋa=ni ə-ɲi-ka=ni ŋə-ɲi-ka=ni ə-tɕʰo=ni, ə-zo=ni ŋə-tɕʰo=ni, ŋə-zo=ni
到格 ŋa=tʰəksʰi ə-ɲi-ka=tʰəksʰi ŋə-ɲi-ka=tʰəksʰi ə-tɕʰo=tʰəksʰi, ə-zo=tʰəksʰi ŋə-tɕʰo=tʰəksʰi, ŋə-zo=tʰəksʰi
二人称単数 二人称双数 二人称双数
絶対格 tɕʰo tɕʰi-ɲi-ka tɕʰi-tɕʰo
能格 tɕʰi, tɕʰu tɕʰi-ɲi-ki tɕʰi-tɕʰi, tɕʰi-tɕʰo=Kə
属格 tɕʰi, tɕʰu tɕʰi-ɲi-ka tɕʰi-tɕʰi, tɕʰi-tɕʰo=Kə
与格 tɕʰo=o tɕʰi-ɲi-ka=a tɕʰi-tɕʰo=a, tɕʰi-tɕʰo=o
起格 tɕʰo=ni tɕʰi-ɲi-ka=ni tɕʰi-tɕʰo=ni
到格 tɕʰo=tʰəksʰi tɕʰi-ɲi-ka=tʰəksʰi tɕʰi-tɕʰo=tʰəksʰi
三人称単数男性形 三人称単数女性形 三人称双数男性形 三人称双数女性形 三人称複数
絶対格 kʰə(r)ga mə(r)ga kʰə-ɲi-ka mə(r)ge-ɲi-ka kʰə-tɕʰo
能格 kʰə(r)gə, kʰə(r)gi mə(r)gə, mə(r)gi kʰə-ɲi-ki mə(r)ge-ɲi-ki kʰə-tɕʰi, kʰə-tɕʰo=Kə
属格 kʰə(r)gə, kʰə(r)gi mə(r)gə, mə(r)gi kʰə-ɲi-ki mə(r)ge-ɲi-ki kʰə-tɕʰi, kʰə-tɕʰo=Kə
与格 kʰə(r)ga=a mə(r)ga=a kʰə-ɲi-ka=a mə(r)ge-ɲi-ka=a kʰə-tɕʰo=a, kʰə-tɕʰo=o
起格 kʰə(r)ga=ni mə(r)ga=ni kʰə-ɲi-ka=ni mə(r)ge-ɲi-ka=ni kʰə-tɕʰo=ni
到格 kʰə(r)ga=tʰəksʰi mə(r)ga=tʰəksʰi kʰə-ɲi-ka=tʰəksʰi mə(r)ge-ɲi-ka=tʰəksʰi kʰə-tɕʰo=tʰəksʰi


指示代名詞は近称(ndə, ndi)・中称(tə, ti)・遠称(ken, ka)の三系列がある。指示代名詞の各組織を以下で示す。

近称 中称 遠称
絶対格 ndə, ndi tə, ti ken, ka
能格 ndə=Kə, ndi=Kə tə=Kə, ti=Kə ken=Kə
属格 ndə=Kə, ndi=Kə tə=Kə, ti=Kə ken=Kə
与格 nde te ken=na
場所格 ndə=ni tə=na, ti=na ken=na
起格 ndə=na tə=ni, ti=ni ken=ni
到格 ndə=tʰəksʰi, ndi=tʰəksʰi tə=tʰəksʰi, ti=tʰəksʰi ken=tʰəksʰi,

ka=tʰəksʰi

代名詞

数詞[5]

数詞は、名詞類のうち数を表す。名詞を修飾するほか、コピュラ動詞の補語、存在動詞の主語どちらにもなることが出来る。11以降は10+1のような形で表すが、15の場合はtɕə「10」の母音が交替してtɕoになる。100までの10の倍数は続けてtʰamba「ちょうど」を加えていうこともある。21~99までのうち一の位が0でない数には、一の位の語頭に10増えるごとに異なった1音節が接続する。100以上の位が加わった場合も同様である。下記の表で基数詞0-10億、助数詞1-10までを示す。

アムド・チベット語の数詞の一覧
基数詞 序数詞 基数詞
0 tʰək 32 sʰəmtɕə sʰo-hɲi
1 htɕək toŋ-wo 40 ʑəptɕə (tʰamba)
2 hɲi hɲi-wa 43 ʑəptɕə ɕe-səm
3 səm səm-ba 54 hŋaptɕə ŋa-ʑə
4 ʑə ʑə-wa 65 ʈəktɕə re-hŋa
5 hŋa hŋa-wa 76 dəntɕə ton-ʈək
6 ʈək ʈək-kwa 87 dʑatɕə dʑa-dən
7 dən dən-pa 93 gətɕə ko-səm
8 dʑel dʑe-pa 100 dʑa
9 gə-wa 1,000 htoŋ
10 tɕə tɕə-wa 10,000 ʈʰə
11 tɕə+htɕək 100,000 nbəm
15 o+hŋa 1,000,000 sʰaja
20 ɲəçə (tʰamba) 10,000,000 ɕiwa
21 ɲəçə htsa-htɕək 100,00,000 toŋɕər
30 sʰəmtɕə (tʰamba) 1,000,000,000 ternbəm

数詞は名詞を修飾するほか、単独で主語、目的語などの動詞の項にもなるほか、名詞や格助詞と合わせて副詞句としてもつかわれる。疑問数詞については、疑問語の項で記載する。

形容詞[6]

形容詞は統語的にはコピュラ動詞の補語になれるが、存在動詞の主語にはなることが出来ない。名詞を修飾する場合はそのままの形で名詞の後に置く。

形容詞は、状態動詞を語幹とし状態動詞からの接辞付加・重複で形成されるものとそうでないものに分けられる。状態動詞から派生した形容詞は、語彙的な接辞付加によって派生した形容詞(ndʑok-mo「速い」←ndʑok「速い」、tɕʰi-wo「大きい」←tɕʰi「大きい」)や、状態動詞の重複によって形成した形容詞(tɕʰoŋ-tɕʰoŋ「小さい」←tɕʰoŋ「小さい」、ɲoŋ-ɲoŋ「少ない」←ɲoŋ「少ない」)の2種類がある。接辞付加と重複による2種類の形容詞を持つ場合、接辞付加による形容詞は「集合のより~なほう」といった相対的意味を持ち、重複による形容詞は絶対的な意味を表す。状態動詞からの接辞付加・重複で形成されない形容詞は、2音節の音を繰り返した4音節の形容詞である(kagikəgi「曲がっている」)。

ɲoŋ~ɲoŋ tʰoŋ.[7]

少ない-重複 飲む

「少なく飲みなさい」

動詞[8]

動詞は、否定接頭辞や否定疑問辞を付加することが出来る。一部の動詞は活用される。動詞は、コピュラ動詞、存在動詞、一般動詞に分けることができる。コピュラ動詞にはウチのjənとソトのrelがあり、ウチのコピュラ動詞には否定専用の動詞mənがある。一般動詞は動作動詞と状態動詞に分かれる。存在動詞jolにも活用はない。存在動詞には否定専用の動詞melがある、状態動詞の多くは形容詞の語幹となる。一部の動作動詞は、アスペクトモダリティで活用する。統語的機能としてはそのままの形で述語となるほか、動詞語尾、助動詞、複合助動詞句、文末助詞を伴うこともある。一部の動詞は未完了形、完了形、命令形に異なる形を持つ。

自動詞文はSV、他動詞文はAOVを基本語順とする。他動詞文でOAVのように目的語が先に出ることがある。動詞のとりうる名詞項について動詞別に基本語順をまとめる。これらの名詞項は文脈でわかる場合は発話されない場合が多い。

コピュラ動詞・存在動詞とその派生形式[9]
動詞の種類/文の種類
コピュラ動詞 主語-補語-コピュラ動詞
存在動詞 主語-存在動詞
動作動詞(自動詞) 主語-拡大核項-自動詞
動作動詞(他動詞) 主語-目的語-拡大核項-自動詞
状態動詞 主語-状態動詞

以下にコピュラ動詞・存在動詞の肯定・否定、平叙・疑問にかかわる各形式をまとめる。

コピュラ動詞・存在動詞とその派生形式[9]
動詞の種類/文の種類 肯定・平叙 否定・平叙 肯定・疑問 否定・疑問
コピュラ動詞 ウチ jən mən ə-jən -
ソト rel ma-rel ra, ə-ra, ə-rel ma-ra
存在動詞 jol mel ə-jol -

コピュラ動詞

コピュラ動詞はウチ・ソトの2種に分かれる。ウチのコピュラ動詞は発話者が事態を自分と関係が深いものとして述べる場合に、ソトのコピュラ動詞は発話者が事態を自分と関係が深いものとして述べない場合に用いられる。ソトのコピュラ動詞は現れる環境に応じて、頭頭子音の交替、末子音の交替、脱落を起こす。コピュラ動詞は名詞類を伴って述語を形成する。

ŋəzo wol jən.[10]

1除外-PL. チベット人 コピュラ

「私たちはチベット人だ」

存在動詞

存在動詞は、人や事物が存在すること、または所有していることを示す際に用いられ、存在文と所有分で用いられる。所有場所が現れる場合は場所格助詞を伴い、所有分における所有者は与格助詞を使って表される。

ŋa jə=na jo.[10]

1SG. 家=場所格助詞 存在動詞

「私は家にいる」

一般動詞

一般動詞は動作動詞と状態動詞に分かれる。状態動詞は接辞付加あるいは重複によって形容詞を派生できるが、動作動詞は形容詞を派生できない。また、動作動詞はアスペクト(完了、未完了)、モダリティ(命令)に関して活用を持つが、状態動詞は活用を持たない。動作動詞は「動作」、「状態変化」を表し、状態動詞は「状態」、「属性」を表す。

動作動詞

動作動詞には、自動詞・他動詞または意志動詞・無意志動詞というそれぞれ独立した分類がある。

自動詞・他動詞の分類基準は、主語が絶対格で現れるか(自動詞)、主語が能格で現れるか(他動詞)である。自動詞に対応する他動表現には、目的節を表す接続助詞=Gəを自動詞に付加し、ndʑək「入れる」という使役動詞を後続させた迂言的な表現を使う(joŋ=gə ndʑək「来させる」←joŋ「来る」)。一部の動詞には、kʰor「回る」hkor「回す」、kʰu「沸く」-hku「沸かす」のような自動詞と他動詞の形態的な対応がみられる。また、ɕi「開く」「開ける」のように自他同形の動詞も存在する。

動作動詞の意志動詞と無意志動詞の分類は、形態的命令形の有無で区別される。動作動詞のうち一部分は、tsa「探す」-hɲel「見つかる」など意味的に対応する意志動詞と無意志動詞のペアをもつ。

動作動詞の一部は活用形をもち、未完了形、完了形、命令形が存在する。3つすべてが異なる動作動詞は少なく、3つすべて同形の動詞や、3つのうち2つが同形である動作動詞も多い。

動詞の活用パターン
未完了形 完了形 命令形
未完了=完了=命令 飛ぶ pʰər
沸かす hku
未完了=完了≠命令 灯す kar kor
(油などを)絞る tsak tsok
完了≠未完了=命令 笑う gol gel gol
押す non nen non
未完了≠完了=命令 そそぐ dək lək
煮る tso tsi
未完了≠完了≠命令 する dʑek dʑep dʑop
取る len hlaŋ loŋ

動詞には名詞同様、敬語形があり、尊敬語動詞と謙譲語動詞の二種類がある。

尊敬語動詞には、普通語ko「聞こえる」に対して尊敬語sen「お聞こえになる、お分かりになる」などがある。謙譲語動詞には、普通語hter「与える」に対して謙譲語nbəl「献上する」などがある。

状態動詞

状態動詞は、意味的には状態・属性を表し、活用は持たない。状態動詞は接辞付加や重複によって形容詞を派生するという特徴を持つ。

副詞

副詞は、格標示されず、動詞がとりうる接辞や付属語をとらず、いかなる形態操作も受けない。意味的には述語や文全体を修飾する働きを持つ。副詞は、動詞よりも前に置かれる。意味によって、tatɕi「さっき」などの時間的な様態を表す時間副詞、tsəgezək「少し」などの動作や状態変化の程度を限定する程度副詞、li「もちろん、当然」など否定、推量、仮定などの述語の陳述的な意味を補足したりする陳述副詞、オノマトペ、疑問副詞がある。副詞のうち疑問副詞については、疑問語の項で記載する。オノマトペはhtək~htək~htək「ドキドキ(心臓のたかなる様子)」など一つの音節を3回重複するものが良くみられる。この他、動物の鳴き声を表す表現もある。

li tɕok.[11]

もちろん してもよい

「もちろんしてもよい」

間投詞[12]

間投詞は、格標示されず、動詞がとりうる接辞や付属語をとらず、いかなる形態操作も受けない。肯定の返事や話が一段落した時に用いるoleや否定の返事で用いるnhなどがある。

不定助詞

不定助詞は、名詞類をホストとして現れる後接語であり、=zəkのみがこれにあたる。不定助詞は、修飾する要素の後に置かれ修飾する要素が不定であることを明示する。

ɲə=zək jok-kə.[13]

人=不定助詞 存在動詞-観察知

「人が一人いる」

格助詞[14]

格助詞は、名詞類をホストとして現れる後接語であり、格を標示する。格助詞が名詞句に接続するときには名詞句の最後の要素に後続する。格助詞が2つ連なることはない。格には、絶対格、能格、属格、与格、起格、場所格、到格の7つがある。以下に格標示の一覧を示す。

格標示一覧
未完了形
絶対格 無標
能格 =Kə、母音交替(/V/>/i/)
属格 =Kə、母音交替(/V/>/i/)
与格 =Ca
起格 =ni
場所格 =na
到格 =tʰəksʰi

与格助詞=Caは直前の語幹または語の語末が/k/または/m/の時はそれぞれ2つの形式が現れうる。

与格助詞 =Caの交替
直前の語幹または語の語末音 実現形
/k/ /=ka/
/m/ /=ma/
/n/ /=na/
/ŋ/ /=ŋa/
/p/ /=wa/
/k/, /m/, /l/, /r/, /w/(←/p/), 母音 /=a/
/o/ /=o/

談話助詞[15]

談話助詞は、名詞類、副詞をホストとして現れる後接語であり、ホストとなる語を取り立てたり、対比する機能を持つ。=Raは=ra/=ʈa/=nɖaという異形態を持つ。

談話助詞一覧
意味・機能 形態
累加・並列「~と、~も」 =Ra (=ra/=ʈa/=nɖa)
累加「~も、また~」 =jaŋ
排除「~しか、~だけ」 =məndi
提題、強調「~は、~こそ」 =dokko
提題、対比「~は」 =ta
唯一「~ばかり」 =taktak

ɲə htɕək=məndi met=tsək.[16]

人 1=談話助詞 存在動詞否定=結果観察

「人が一人しかいない」

助動詞[17]

助動詞は、動詞をホストとして現れる後接語であり、アスペクト、証拠性、ウチ/ソト、モダリティなどの文法範疇を表す機能をもつ。文末助詞と異なり、文末以外にも表れることが出来る。

助動詞一覧
意味・機能 助動詞
完遂 =toŋ
完遂 =taŋ
完遂 =ndʑo
完遂 =Sʰoŋ
現場観察 =tʰa
結果観察 =Zək
進行・習慣(定着知) =Go
確信を持った発話(ウチ) =ni

ŋa teraŋ joŋ=ni.[18]

1SG. 今日 来る=助動詞

「私は今日来たのだ」

文末助詞[19]

文末助詞は、文末の動詞をホストとして現れる後接語であり、文全体の事態にかかわる、または、対人的なモダリティを付加する機能を持つ。

文末助詞一覧
意味 文末助詞
情報提供 =ja
同意要求・推量 =Ba (=pa/ =ba)
念押し =Go (=ko/ =go)
強意 =Ra (=ra/ =ʈa)
理由・遺憾 =mo
勧誘 =ri
発話者にかなり確信がある事態について確認する =ni
発話者がある程度知っているが、=niほど確信がない事態について確認する =Ca (=ga/ =na/ =la/ =a)
発話者が観察したりして知った事態について確認する =Ga (=ka/ =ga)
(=ni=naの連続で)自問 =na

kopa ŋi tʰen=ja.[20]

方法 1SG.能格 引く=文末助詞

「方法は私が講じよう」

接続助詞[21]

接続助詞は、動詞をホストとして現れる後接語であり、副詞節(従属節)をつくり、主節に対する論理的関係や時間的関係を表す機能を持つ。

文末助詞一覧
意味・機能 文末助詞
条件 =na
譲歩 =nara, =Roŋ (=roŋ/ =ʈoŋ/ =nɖoŋ)
逆接 =Ra (=ra/ =ʈa/ =nɖa)
動作連続・付帯状況 =Ni (=ni/ =ŋi/ =i)
動作連続・否定の状態 =Na (=na/ =ŋa / =a)
目的・否定の状態 =Gə (=gə~=gi/ =kə~=ki)
生起後、生起中 =Ritʰatsʰo (=ritʰatsʰo/ =ʈitʰatsʰo/ =nɖitʰatsʰo ), =Ri (=ri/ =ʈi/=nɖi)
直前 =kʰa
生起前の継続的な時 =Rokko (=rokko/ =ʈokko/ =nɖokko)
生起前 ma- 動詞=koŋŋa
直後 =Roŋkoŋŋa (=roŋkoŋŋa/ =ʈoŋkoŋŋa/ =nɖoŋkoŋŋa)
引用 =zi

疑問語[22]

疑問を表す語(疑問語)は、品詞分類の枠組みを超えて様々な品詞に存在する。疑問詞は品詞としては代名詞、数詞(以上名詞)、および副詞に属する。このほか疑問文末助詞がある。

疑問語一覧
意味
代名詞 tɕʰəzək, tɕʰə 「何」
sʰə 「誰」
kaŋ 「どこ、どれ」
数詞 「いくつ、いくら」
tɕʰəmozək 「いくつくらい、いくらくらい」
副詞 tɕʰəmo, tɕʰəmozək 「どのような」
nem 「いつ」
疑問語の格標示
「何」 「誰」 「どこ、どれ」 「いくつ、いくら」 「いくつくらい、いくらくらい」 「どのような」 「いつ」
絶対格 tɕʰəzək, tɕʰə sʰə kaŋ tɕʰəmozək tɕʰəmo nem
能格 tɕʰəzək=kə,

tɕʰəzək=ki, tɕʰə=gə, tɕʰə=gi

sʰə=gə, sʰə=gi, sʰi kaŋ=kə,

kaŋ=ki

tə=kə,

tə=ki

tɕʰəmozək=kə,

tɕʰəmozək=ki

- -
属格 tɕʰəzək=kə,

tɕʰəzək=ki

sʰə=gə, sʰə=gi, sʰi kaŋ=kə,

kaŋ=ki

tə=kə,

tə=ki

tɕʰəmozək=kə,

tɕʰəmozək=ki

- nem=kə, nem=ki
奪格 - - kaŋ=ni tə=ni - - nem=ni
位格 - - kaŋ=na - - - -
与格 tɕʰəzək=a sʰə=a kaŋ=ŋa te tɕʰəmozək=a tɕʰəmo=a -
到格 - - kaŋ=tʰəktsʰi - - - nem=tʰəktsʰi

sʰə sʰoŋ-nə re?[23]

誰 行く(完了形) コピュラ

「誰が行ったのか」

真偽疑問文(YES/NO疑問文)は疑問語を含まず、yesかnoかを尋ねる疑問文である。疑問文末助詞を用いる方法、動詞に疑問接頭辞ə-を前置する方法、コピュラ動詞の疑問形を用いる方法、文末の上昇調のイントネーションのみを用いる方法で真偽疑問文が作成できる。

統語論

関連項目

参考文献

海老原志穂『アムド・チベット語文法』ひつじ書房、2019年2月20日。ISBN 978-4-89476-951-9

  1. ^ 海老原 2019, p. 23-30, 96-97.
  2. ^ 海老原 2019, p. 56.
  3. ^ 海老原 2019, p. 57.
  4. ^ 海老原 2019, p. 58.
  5. ^ 海老原 2019, p. 64-69.
  6. ^ 海老原 2019, p. 69-73.
  7. ^ 海老原 2019, p. 75.
  8. ^ 海老原 2019, p. 75-93.
  9. ^ a b 海老原 2019, p. 76-77.
  10. ^ a b 海老原 2019, p. 92.
  11. ^ 海老原 2019, p. 95.
  12. ^ 海老原 2019, p. 96-97.
  13. ^ 海老原 2019, p. 97.
  14. ^ 海老原 2019, p. 98-99.
  15. ^ 海老原 2019, p. 99-100.
  16. ^ 海老原 2019, p. 100.
  17. ^ 海老原 2019, p. 101-103.
  18. ^ 海老原 2019, p. 103.
  19. ^ 海老原 2019, p. 103-105.
  20. ^ 海老原 2019, p. 104.
  21. ^ 海老原 2019, p. 105-106.
  22. ^ 海老原 2019, p. 106-107.
  23. ^ 海老原 2019, p. 191.

外部リンク

  • 星泉. “チベット語会話”. AACoRE. 2015年5月27日閲覧。 (日本語・ラサ方言・アムド方言の会話集、音声を聞くことができる)



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