アマゾンへの入植状況
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/08/01 14:21 UTC 版)
ボリビアでは、サンタ・クルス地方からゴムの自生地域に、1860年から1910年の半世紀の間に約80,000人が移住したとされる。また、1898年まで、少なくとも80,000人のブラジル人がアクレ地方に無断で入植した。その多くは、ゴムの採取で一攫千金を狙う者、ならず者、犯罪を犯して逃げて来た者達だった。 1879年、アクレ川で蒸気船が定期航行を始め、入植者たちの食料や産出した天然ゴムを輸送した。しかし、マデイラ川にはところどころに航行困難な急流があり、これが自然の防壁になっていた。ブラジル側からマデイラ川の支流であるマモレ川、ベニ川、マドレ・デ・ディオス川への船舶航行は困難であり、同様に、ボリビア側からアブナ川の流域に船舶で向かうことは困難であった。アクレ地方には多くのブラジル人が入り込んだが、マデイラ川の上流とのその支流にブラジル人が入植することを防いだ。一方で、アクレ地方にはボリビア政府の統治が及ばなかった。アマゾンがゴム景気で活況を呈するまで、ボリビア政府は、アクレ地方に、役人の派遣や、現地調査もほとんど行っていなかった。このため、アクレ地方は無法地帯になっていた。
※この「アマゾンへの入植状況」の解説は、「アクレ紛争」の解説の一部です。
「アマゾンへの入植状況」を含む「アクレ紛争」の記事については、「アクレ紛争」の概要を参照ください。
- アマゾンへの入植状況のページへのリンク