ないとうろせんとは?

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ないとうろせん 【内藤露沾】 ○

1655~1733江戸前中期俳人本名,義栄。風虎二男父の影響で俳諧好み門人指導も行なった。隠棲後も其角・沾徳ら江戸俳壇交流

内藤露沾

読み方:ないとう ろせん

江戸中期藩主俳人幼名五郎七郎義英、のち政栄。別号に傍池亭遊園堂。盤城平藩主和歌武者小路実隆に、俳諧西山宗因門に入る。また北村季吟松尾芭蕉宝井其角多く俳人交流した。享保18年(1733)歿、79才。

内藤露沾

ないとうろせん

(~享保18年(1738)9月14日享年79歳)

磐城平藩7万石城主内藤右京大夫義泰(風虎)の次男義英、その後政栄。28歳の時お家騒動家老讒言によっておとしめられ、麻布六本木別邸風流によって自らを慰めながら、部屋住みのままに生涯を終えた。宗因門下のなかなかの才能一流起こした。芭蕉が『笈の小文』の旅に出るにあたって、「時は冬吉野をこめん旅のつと」と餞した。この句も、餞別吟としてなかなかの出来栄えである。号は傍池堂・遊園堂。西山宗因門弟。後に江戸俳壇仕切った沾徳露沾弟子
蕉門中最も身分の高い人であった。

露沾の代表作

時は冬吉野をこめん旅のつと(『笈の小文』)

梅咲て人の怒の悔もあり(『猿蓑』)

梅一木つれづれ草の姿かな(『炭俵』)

温石のあかるゝ夜半やはつ櫻(『続猿蓑』)

ものものの心根とはん月見哉(『続猿蓑』)

一時雨またくづをるゝ日影哉(『続猿蓑』)

星さへて江の鮒ひらむ落葉哉(『続猿蓑』)



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