その他の賦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/20 15:30 UTC 版)
古賦・駢賦・律賦・文賦の名称は形式的区分によるものである。さらに鈴木虎雄は清代の八股文の影響を受けた文体をこれに加え、股文賦(こぶんふ)と名付けている。八股文はそれ自体に文賦の影響を受けたものでもあり、股文賦は歴代の賦の形式を集大成したもので、それ自身に特色を持つものではない。 また、宮廷文学として愛好された絢爛豪華な賦の伝統とは別に、比較的身分の低い人々の間に口誦された口語交じりの賦文学があったことが、敦煌文書に残る「韓朋賦」などから明らかになっている。これら一群の作品は俗賦と呼ばれ、通俗的かつ物語的要素を含む点で異彩を放っており、当時の口語を知る手掛かりとしても貴重な史料である。その発生時期については議論が分かれていたが、1993年に出土した尹湾漢簡の中に「神烏賦」が発見されたことにより、前漢にまで遡ることが確実となった。この発見は、賦が民間文学に起源を持つとする近年の新説にも一石を投じることとなった。
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