お数珠袋にどんぐり一つ忌を修す
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評 言 |
お亡くなりになって間のない忌日から、七回忌・十三回忌と、故人を偲ぶ思いは深まってゆきます。肉親なら尚更ですし、友人でも回想の色々が、忌日とともに蘇えって来るものです。 お数珠袋の中のどんぐりは、先の会葬の際に拾ったものなのでしょうか。密かに入っていることで、その際の想いがいっそう凝縮されているように思います。どんぐりが故人と一緒にと刻を過した時のものであれば、また違った感懐を呼び起すことになるでしょう。 このどんぐりから触発された過去の景は、喜びであり悲しみであり、更には嘆きの切っ掛けとなったものかとも思われます。お数珠袋に仕舞われていたどんぐりを、故人の甦りと見たら、離すことのできぬ宝物として大切になってくるのです。 しかし、考えてみるとお数珠袋には、普通はお数珠しか入っていないでしょう。若しそこに故人の形見の品が隠されていたら、これは一つの物語 です。「どんぐり」はここでは何げなく仕舞われたものとしても、秋のこの時を象徴するものとして、見事に役割を果しているように思います。魅力的な小道具と言っては失礼か。 句集『母の家』には、お父様の白虹さんを偲ぶ、忌日の句があります。 今年また父の忌日の石蕗明り には、薄明の中にほのかに咲く石蕗を現出して追慕の念深い一句としています。 どんぐりと言い石蕗の花と言い、自然界の今のあり様をを的確に把握しつゝ、言外に思いを結晶させたところに共鳴するのです。 写真は「写真の駅 錦田健滋」より |
評 者 |
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備 考 |
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