風見しんご エピソード

風見しんご

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/17 10:09 UTC 版)

エピソード

子供の頃に少林寺拳法を習っていたことがあるが、喧嘩で使ったことは一度もないという。少林寺拳法の資格は1983年の時点で2級だった[4]

物心が付いた時から大の広島東洋カープファン。1975年9月10日、初優勝に向かって驀進する広島対中日戦(広島市民球場)で、本塁上のタッチプレーを巡り中日の新宅洋志と広島の三村敏之が激しく言い争い、普段温厚な三村が激怒したとあって広島ベンチから選手が飛び出し、やがて観客もグラウンドに入り乱れての大乱闘へと発展した[2][17]。当日、試合を観戦に来ていた当時中学生の風見は、この騒ぎに乗じ、中日の星野仙一に砂をかけたという[2][18][19][20][21][22]。その後、風見が『ザ・ベストテン』に出演した際、スタジオから星野(当時野球解説者)に生電話で謝罪したいということで、この時の話をすると、星野は「そういえば、何か小僧に砂をかけられたことは覚えているよ。あんときのガキゃぁお前じゃったんか!!」(あの時のガキはお前だったのか!!)と答えた。また『近代映画』でも対談が組まれ、風見が星野に直接謝罪した[22]。その後、広島市民球場のフェンスは、金網の目を細くして足が掛からないようにしたり、上部を大きく内側に折れ曲げたりして簡単には乗り越えられないようになった。当時中日の選手会長だった谷沢健一は「あの乱闘で自分自身も含め中日の選手6人とコーチ4人が負傷させられ、結局レギュラー野手4人とエースの負傷も響いて、中日は二連覇を逃した」と話している[23]。のちに中日ドラゴンズ応援特番に星野から声をかけられてゲスト出演して番組を盛り上げた。また1994年にはアニメ映画『かっ飛ばせ!ドリーマーズ“カープ誕生物語”』で声優に初挑戦し、2014年より広島東洋カープ公認応援隊員として、MAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島のアストロビジョンに映し出される応援歌『それ行けカープ』の歌唱や応援チラシ等にも登場している。2015年4月26日にはMAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島で黒田博樹投手の真っ赤なグラブを借りて始球式も務めた。

自宅でワニを飼っていた時期がある(当時飼育許可申請済)。風見も子供の頃にワニを飼っていた事をテレビ等でよく話していた。しかし飼っていたのを親に見つかって怒られ、自宅近くの川に逃した所、近所の老婆が見つけて警察に通報して大騒ぎになった。しかしそのワニを探しても結局発見は出来なかった。通報した老婆が絶対にワニがいたと言い張っていたが、警察官が「おばあちゃん、広島の川にワニはいないんだよ」と説得したという。

中山秀征松本明子飯島直子がレギュラー出演していた『DAISUKI』で、健康診断を受ける回に風見が出演した。尿検査を行うべく個室トイレに入り、検尿終了後にズボンのファスナーを上げる際に思わず「痛っ!皮を挟んだ」と口に出た言葉をレギュラー陣が聞き、松本・中山は「え?しんごちゃんてまさか…?」と話し、音声さんもマイクで声を拾ってたので「しんごちゃんって…」とテロップを出し、自ら包茎である事をばらしてしまった事が有る。

1993年12月、レギュラー番組『週刊スタミナ天国』(フジテレビ)の風見担当コーナー“わんぱくヘルパー”に男性2人組アーティスト「吉田山田」の山田義孝の母が応募、当時9才だった山田の誕生日に風見が1日パパとして遊園地などのロケに出かけていたことが、2018年2月21日の風見のラジオレギュラー「ごごラジ!」にゲスト出演した「吉田山田」の山田本人から語られ、生放送中にも拘わらず風見は動揺が隠せず、かなり驚いた様子だった。番組公式ブログには25年振りのツーショット写真も掲載されている。

1998年2月7日より行われた長野オリンピック聖火リレーランナーとして1月13日に広島市内を走った。なお、2月22日の閉会式の司会は師匠である萩本が務めている。

父が認知症になった2004年のある日、父と車のキーを巡り大喧嘩になる。父親を羽交い絞めにして車の鍵を取り上げた。それから3年後、風見は長女を自動車事故で亡くしており「もし、父が向こう(加害者)の立場になっていたらと思うとゾッとする。あの時、力ずくでも車の鍵を父から取り上げた事は正しかったと思う」と述べている。

2010年代以降、風見は日本におけるブレイクダンスの先駆者として再評価されている[1][2][3]。特にクリス松村は「風見の『涙のtake a chance』で、日本人が初めてブレイクダンスをしているのを見た」と話しており、ブレイクダンスは風見がテレビで披露したことにより、広く日本で知られるようになったのである[1][2][3][24]。風見が振付にブレイクダンスを取り入れた経緯については、映画『フラッシュダンス』で子供たちが踊るシーンを見て思いついたと話している[3][25][26]。風見は「当時のダンサーと言えば、東京音楽学院のスクールメイツ日テレ音楽学院ザ・バーズという頃で、まわりにブレイクダンスをやっている人は誰もおらず、ニューヨークに渡りブレイクダンスを修得した」と話している[3][25]。レギュラーだったTBSテレビ金曜9時ゴールデンタイムの人気番組『欽ちゃんの週刊欽曜日』番組内で、萩本に「どうしてもブレイクダンスをやらせて下さい」と頼み込む[3]。当時ブレイクダンスを知る人は殆んどいなかったが、やらせてくれた[3]。風見は「大将の決断がなければ日本のヒップホップは5年普及が遅れたと思う」と話している[3]。2017年6月、キリンビール『のどごし生』WEBコマーシャルムービーで54歳のブレイクダンスを披露、Yahoo!ニュースでも「風見しんごの身体能力に仰天」と絶賛して報じている。


注釈

  1. ^ 「伊東家ランド」第2日本テレビも出演した。

出典

  1. ^ a b c d e “風見しんご感慨、ブレイクダンスがパリ五輪追加種目決定 日本普及には欽ちゃん助言も”. デイリースポーツ (神戸新聞社). (2020年12月14日). オリジナルの2020年12月29日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20201229111934/https://www.daily.co.jp/general/2020/12/15/0013938710.shtml 2020年12月29日閲覧。 吉永岳央 (2017年5月26日). “「僕のブレークダンス古い?でも幸せ」 風見しんごさん”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). オリジナルの2017年5月26日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170526102231/https://www.asahi.com/articles/ASK5V00VQK5TUTQP027.html 2018年1月11日閲覧。 吉永岳央、吉村真吾 (2017年5月26日). “「ブレークダンスを五輪競技に」日本の10代、世界屈指”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). オリジナルの2017年6月12日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170612222504/https://www.asahi.com/articles/ASK5D440YK5DUTQP00S.html 2018年1月11日閲覧。 “ザ。インタビュー トップ・ランナーの肖像#382 風見しんご(タレント)”. ザ・インタビュー〜トップランナーの肖像〜 (BS朝日). (2018-04–28). オリジナルの2018–04-28時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180428023503/https://www.bs-asahi.co.jp/interview/lineup/prg_382/ 2020年12月29日閲覧。 ブレイクダンスがあったから、自信が持てた――風見しんご”. Red Bull BC One World Final 2016 (2016年11月28日). 2017年6月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年11月30日閲覧。ブレイクダンス先駆者 風見しんご×世界的ダンサー ISOPP 初共演『サラリーマン交渉バトル』”. ORICON NEWS. オリコン (2017年6月17日). 2018年1月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年1月11日閲覧。“連載【詩人・黒川隆介のアンサーポエム】特別編 RYO-Z(RIP SLYME)と語る、リリックの源”. Mikiki (タワーレコード). (2020年5月28日). オリジナルの2020–09-26時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200926180757/https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/25265 2020年12月29日閲覧。  24年パリ五輪「ブレイクダンス」が“スピード昇格” 野球、ソフト、空手は落選今田耕司&指原莉乃も驚き!ファンが語った風見しんごの芸能界No.1“神対応”男も憧れたトシちゃんにマッチ、チェッカーズ、吉川晃司ほか80年代男性アイドルソングの魅力「ダンスブームの先駆け・風見しんご 今もキレあるダンス披露」NEWSポストセブン(2013年5月6日)、 「TAKAHIRO “世界が尊敬するダンサー”が抱く夢と挑戦」スポーツニッポン(2016年5月21日)
  2. ^ a b c d e f g h チャッピー加藤/NEWS ONLINE 編集部 (2016年9月11日). “祝!優勝!!広島出身アーティストの曲【歌謡曲ここがポイント!】”. ニッポン放送 NEWSONLINE (ニッポン放送). オリジナルの2020–02-04時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200204081706/https://news.1242.com/article/103545 2020年12月29日閲覧。 
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x 伊藤禎 (2014–6). 〈特集〉萩本欽一 テレビの欽ちゃん 欽ちゃんの週刊欽曜日 風見しんごインタビュー. “昭和40年男”. クレタパブリッシング: 48–51頁. 
  4. ^ a b c 河北新報』1983年9月12日20面「登場」コーナー
  5. ^ a b c d 哀川翔のオトナ倶楽部<哀川翔―「自由」とは「暗黙のルール」がある 哀川翔 初プロデュース番組!「哀川翔のオトナ倶楽部]
  6. ^ a b c d e f 吉田豪掟ポルシェ『電池以下』(アスペクト、2012年)pp.18-24
  7. ^ a b あのねっとインタビュー 風見しんごさん”. あのねっと (2003年2月18日). 2014年6月30日閲覧。
  8. ^ 森高千里「私がオバサンになっても」(前編)(1)九州育ちが「どさん娘」デビュー Asagei Plus(2012年6月19日)2022年6月26日閲覧
  9. ^ TBSオンデマンド|音楽|キラリ・熱熱CLUB
  10. ^ a b c d 【迫る】娘失った風見しんごさん:悲しみ 15年埋まらず/「チチ、頑張ったね」信じて毎日新聞』朝刊2022年6月12日3面(2022年8月15日閲覧)
  11. ^ ※記事名不明※[リンク切れ]ORICON STYLE
  12. ^ 【迫る】娘失った風見しんごさん:「笑顔」支える一つの希望/交通事故悲惨さ訴え『毎日新聞』朝刊2022年6月12日1面(2022年8月15日閲覧)
  13. ^ “風見しんご 長女と長男の相次ぐ死”. デイリースポーツ online (株式会社デイリースポーツ). (2016年4月9日). https://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2016/04/09/0008974196.shtml 2022年12月22日閲覧。 
  14. ^ 被害者支援センターCM 1人で悩まず相談をと風見さん、呼びかけb広島[リンク切れ]産経新聞( 2011年11月27日配信)
  15. ^ 広島県警」より
  16. ^ いずれもTBS『ひるおび!』(2012年4月10日放送分)、『爆報! THE フライデー』(2012年4月27日放送分)、『TechinsightJapan編集部 みやび』(2012年4月28日 http://news.livedoor.com/article/detail/6514901/)、『女性自身』( https://jisin.jp/entertainment/entertainment-news/1607806/ )。
  17. ^ 広島総合&広島市民球場:ボクの思い出STADIUM 中日スポーツ「思い出のスタジアム広島市民球場…2千人暴徒乱入事件」デイリースポーツ日めくりプロ野球【8月3日】1975年(昭50)スポニチ Sponichi Annex 野球、「第15回 プロ野球 前代未聞!警備不安による中止」スポニチ、「61歳早すぎる…元広島監督三村氏急死」デイリースポーツonline、プロ野球仰天伝説カープを思うあまり!? 市民球場にファンが乱入!/プロ野球仰天伝説186
  18. ^ 9月21日~9月25日の「ラジオサロンdeくにまる」のゲストは風見しんごさん
  19. ^ 「ヒロシマの2大シンボル」『FLASH』、光文社、2011年8月16日。 
  20. ^ 球史に残る乱闘劇でグラウンドにいたタレントが告白。星野監督に一喝された!?
  21. ^ 祝!優勝!!広島出身アーティストの曲【歌謡曲ここがポイント!】
  22. ^ a b 「風見慎吾vs.星野仙一の激突! 思い出対決 ボクが8年前の砂かけ少年」『近代映画』1983年11月号 pp.38–41、近代映画社 
  23. ^ ウォーリー与那嶺氏の「お別れの会」 - 谷沢健一のニューアマチュアリズム
  24. ^ スター☆ドラフト会議』(日本テレビ、2011年12月13日放送(風見しんご | スタードラフト会議 | TVでた蔵
  25. ^ a b ブレイクダンスがあったから、自信が持てた――風見しんご”. Red Bull BC One World Final 2016 (2016年11月28日). 2017年6月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年11月30日閲覧。
  26. ^ 『J-POP 青春の'80』(NHK BSプレミアム、2011年5月5日放送)、NHKアーカイブス J-POP青春の’80 浅香唯・石川ひとみ・石野真子ほか
  27. ^ 「ROOKIES」2021年11月、東京、大阪、滋賀で上演決定!
  28. ^ “「噂の!東京マガジン」風見しんごが卒業 「最後まで『やめとけ』って言ったのは笑瓶さんだけ」”. 日刊スポーツ. (2022年12月18日). https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202212180000473.html 2023年5月5日閲覧。 
  29. ^ [ 頑張る親父がNO.1 風見しんご VS ISOPP 夢のダンスバトルが実現!サラリーマン交渉バトルで商談成立!]”. ダンスの情報サイト Dews(デュース). Dews (2017年6月7日). 2017年9月25日閲覧。
  30. ^ 風見しんごがブレイクダンスを踊る!仕事で使える交渉術ダンス動画を公開!”. ミドルエッジ. ディー・オー・エム (2017年6月7日). 2017年9月25日閲覧。
  31. ^ 欅坂46など手掛ける振付師・ダンサーTAKAHIRO、異端のキャリアとダンス論を語る Real Sound(2017年10月8日)
  32. ^ ダンスブームの先駆け・風見しんご 今もキレあるダンス披露 NEWSポストセブン(2013年5月6日)






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