青梅鉄道1号形電気機関車 西武鉄道への譲渡後

青梅鉄道1号形電気機関車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/04 02:24 UTC 版)

西武鉄道への譲渡後

西武E41形E44
所沢 1982年2月)

西武鉄道へは、前述のように2回に分かれて譲渡され、まずは1949年(昭和24年)4月に1012が、1950年(昭和25年)8月に1011が入線し、41形(旧番号順に41・42)と改称・改番。次いで1960年9月には国鉄でED36 1・2を名乗っていた2両も西武鉄道入りし、41形43・44に編入されて同形式の4両が揃う形となった。後の入線の2両は、ED36形であった時代に西武鉄道が2両を借り入れ、自社線内で使用していたものがそのまま譲渡される形となった。1961年(昭和36年)12月にE41形E41 - E44と改称・改番された。

なお、E43・E44は、国鉄時代に乗務員室扉の左側にも小窓を開けており、これのないE41・E42とは形態が異なっていた。またパンタグラフについては、導入に際して一旦全車とも1基搭載仕様に改められたのち、E43・E44は1969年頃に再び2基装備に戻った。一方で、E41・E42は廃車まで1基装備のままだった。

晩年は、パンタグラフがPS16に換装されていた。

本形式は4機揃って池袋線を中心に使用されていたが、老朽化のため、E41が1976年(昭和51年)8月に、E42が1986年(昭和61年)12月に廃車され、いずれも解体処分された。その後E43は1987年(昭和62年)1月に、E44は同年6月に廃車され、西武鉄道E41形は形式消滅した。

E43・E44は、除籍後両機とも西武鉄道横瀬車両基地に保管されたが、E44は1990年(平成2年)4月にJR貨物へ譲渡され、新鶴見機関区静態保存され、E43は現在も横瀬車両基地に保存され、イベント開催時に一般公開される。

一部の前照灯はJR東日本所属の蒸気機関車D51 498号機に転用された(「鉄道ファン」1993年2月号より)。




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