遠位型ミオパチー 遠位型ミオパチーの概要

遠位型ミオパチー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/26 16:35 UTC 版)

歴史

遠位型ミオパチーという疾患は1902年に最初の記述[1]がある。もちろん、当時は遠位型ミオパチーという病気の概念はなく、筋力の低下を伴ったある患者の症例報告にすぎない。この患者は手足の末端(distal)の方に顕著な筋力の低下が見られ、当時としては非常に珍しい症状であったため、ウィリアム・ガウアーズ(英語: William Gowers (neurologist)が論文に記載したものである。その後、1951年になってリサ・ウェランダー(英語: Lisa Welanderがスウェーデンにおいて優性遺伝をする遠位型ミオパチー(後にWelander型と命名される)の家系が存在することを報告した。また、1974年にフィンランドのMarkesbery WRらによる遠位型ミオパチーの症例[1](後にUdd/Markesbery/Griggs型)が報告された。日本では、1977年に里吉栄二郎らが眼咽頭遠位型ミオパチーを[2]、1978年に筋線維に高度な空胞変性を認めるdistal myopathyの1型、1980年に筋線維に高度な空胞変性を伴ったdistal myopathyの1病型を水澤英洋、1990年に Distal Myopathy(遠位型ミオパチー)[3]、1999年に Dystal myopathies(遠位型ミオパチー)[4]、1981年に Familial distal myopathy with rimmed vacuole and lamellar (myeloid) body formationが、埜中征哉・里吉栄二郎などによって報告された[5]

原因

筋疾患の多くは遺伝子疾患(遺伝子の異常により発症する病気)であり、優性遺伝または劣性遺伝する。近年の分子生物学およびゲノム科学の発展により、多くの筋疾患の原因遺伝子が特定されている。日本における代表的な遠位型ミオパチーについても原因遺伝子は同定されており、縁取り空胞型は9番染色体上のGNE(UDP-N-acetylglucosamine 2-epimerase/N-acetylmannosamine kinase: シアル酸の合成を触媒する酵素の1つで753アミノ酸からなる)という遺伝子[6]。GNEの場合、変異はほとんどがミスセンス変異であり、アミノ酸の配列が1カ所で異なっている。眼咽頭型遠位型ミオパチーについては優性遺伝することがわかっているが、原因遺伝子は未だ解明されていない。

種類

遠位型ミオパチーは近年の分子生物学バイオインフォマティクスの発展により多くのことが明らかになりつつあり、世界中でいくつかの型が存在することがわかっているが、日本においては以下の3つのタイプが代表的である。

項目 DMRV 眼咽頭遠位型
遺伝 常染色体劣性 常染色体優性
発症時期 15~30歳 50歳以降
初期罹患筋 前脛骨筋 眼、顔面、咽頭筋、上下肢遠位筋
高CK血症 正常~軽度 正常~軽度
筋線維壊死 軽度 軽度
再生繊維 軽度 軽度
縁取り空胞 高度 あり
タイプ1線維優位 あり ほぼなし
縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチー(DMRV, hIBM, IBM2, Nonaka Myopathy, QSM, GNE myopathy)
20〜30歳頃に発病し前脛骨筋が最も侵されやすいことから、つま先が上がりにくくつまずきやすい、スリッパが脱げやすい等の症状が出る。歩き方はつま先が上がりにくいため、必然的に鶏歩(垂れ足)となる。筋肉の萎縮は10歳前後から確実に始まっているものと考えられるが、本人にはなかなか自覚することができないようである。その後、ハムストリング胸鎖乳突筋等の萎縮が進行し、発症後10年程度で歩行が不可能となる。大腿四頭筋が侵されにくいのもこの病気の特徴の1つである。手の筋力も遠位から低下し、やがて近位にも及んでくる。最終的には寝たきりとなるとなる可能性が高い。筋生検で筋線維中に縁取り空胞(rimmed vacuoles)が観察されることからこの病名が付いているが、縁取り空胞が見られる筋疾患は他にも存在する。原因遺伝子はGNEであり常染色体劣性遺伝する。患者の筋線維中のある種のタンパク質ではシアリル化(シアル酸の付加の程度)が低下していることが確認されている。現在のところ、治療法は存在しない。蛇足になるが、GNEの変異によりシアル酸が過剰に生成されるシアルリア(Sialuria)という疾患[7]が存在する。縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチー (Distal myopathy with rimmed vacuoles [DMRV])は、1981年にNonakaらにより報告されたことから[8]、埜中ミオパチー (Nonaka myopathy)とも呼ばれる。1984年Argovらにより、類似する疾患がQuadriceps sparing myopathy (QSM)として報告され[9]、その後、QSMは欧米で遺伝性封入体ミオパチー (hereditary inclusion body myopathy [hIBM])あるいは2型封入体ミオパチー (IBM2)と呼ばれるようになった。DMRVとhIBMは臨床病理学的に極めて類似していることから同一疾患であることが疑われていたが、DMRVもhIBMと同様にGNE遺伝子変異を原因とすることが明らかとなり、両疾患は同一疾患であることが確認された[10]。より統一的な疾患名を求めて、最近ではGNEミオパチー (GNE myopathy)と呼ばれるようになってきている。
眼咽頭型遠位型ミオパチー
40〜50歳以降に発症し、眼瞼下垂、嚥下困難等の症状が出る。同時に手足の遠位からの筋力低下が現れるが、進行は比較的ゆっくりしている。原因遺伝子は不明であるが優性遺伝することがわかっている。
その他
Welnader型、Udd型、Laing型などがあるが、日本で患者が同定されたという報告はまだない。Welnader型に関しては世界的には症例も多く、症状も比較的均一である。

保因者

縁取り空胞型は、常染色体劣性遺伝することがわかっている。劣性遺伝するということは、発病していないが保因者として異常な遺伝子を持っている人々が存在するということでもある。患者に対して保因者はどのくらい存在しているのかということに関して、縁取り空胞型の遠位型ミオパチーを例にとると、正確な患者数は不明であるが患者は日本に100人程度存在すると考えられている。単純に日本の人口を1億人として計算すると100万人に1人の割合である。この病気の保因者はいったいどのくらいの割合で存在することになるかは、単純に計算すると500人に1人である。そして、保因者同士がパートナーとなる確率は1/500 x 1/500 = 1/250000であり、保因者の両親から病気の子供が生まれる確率は1/4。したがって100万人に1人の病気ということになる。つまり、日本に保因者は20万人程度存在することになる。保因者は発病しないため、自分が保因者である自覚がないのが普通である。したがって、今後も毎年数名程度の患者が発生し続けることになる。


  1. ^ MARKESBERY, WILLIAM R; GRIGGS, ROBERT C; LEACH, RICHARD P; LAPHAM, LOWELL W (1974). “Late onset hereditary distal myopathy”. Neurology (AAN Enterprises) 24 (2): 127. doi:10.1212/WNL.24.2.127. https://doi.org/10.1212/WNL.24.2.127. 
  2. ^ Satoyoshi, Eijiro; Kinoshita, Masao (1977). “Oculopharyngodistal myopathy: report of four families”. Archives of Neurology (American Medical Association) 34 (2): 89-92. doi:10.1001/archneur.1977.00500140043007. PMID 836191. https://doi.org/10.1001/archneur.1977.00500140043007. 
  3. ^ EIJIRO SATOYOSHI (1990). “Distal Myopathy”. The Tohoku Journal of Experimental Medicine 161 (Supplement): 1-19. doi:10.1620/tjem.161.Supplement_1. https://doi.org/10.1620/tjem.161.Supplement_1. 
  4. ^ Nonaka, Ikuya (1999). “Distal myopathies”. Current opinion in neurology (LWW) 12 (5): 493-499. https://journals.lww.com/co-neurology/abstract/1999/10000/distal_myopathies.2.aspx. 
  5. ^ Nonaka, Ikuya; Sunohara, Nobuhiko; Ishiura, Shoichi; Satoyoshi, Eijiro (1981). “Familial distal myopathy with rimmed vacuole and lamellar (myeloid) body formation”. Journal of the neurological sciences (Elsevier) 51 (1): 141-155. doi:10.1016/0022-510x(81)90067-8. PMID 7252518. https://doi.org/10.1016/0022-510x(81)90067-8. 
  6. ^ Eisenberg, Iris; Avidan, Nili; Potikha, Tamara; Hochner, Hagit; Chen, Miriam; Olender, Tsviya; Barash, Mark; Shemesh, Moshe; Sadeh, Menachem; Grabov-Nardini, Gil; others (2001). “The UDP-N-acetylglucosamine 2-epimerase/N-acetylmannosamine kinase gene is mutated in recessive hereditary inclusion body myopathy”. Nature genetics (Nature Publishing Group US New York) 29 (1): 83-87. doi:10.1038/ng718. https://doi.org/10.1038/ng718. 
  7. ^ Seppala, Raili; Lehto, Veli-Pekka; Gahl, William A (1999). “Mutations in the human UDP-N-acetylglucosamine 2-epimerase gene define the disease sialuria and the allosteric site of the enzyme”. The American Journal of Human Genetics (Elsevier) 64 (6): 1563-1569. doi:10.1086/302411. PMC 1377899. PMID 10330343. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/pmc1377899/. 
  8. ^ Nonaka I, et al., Familial distal myopathy with rimmed vacuole and lamellar (myeloid) body formation. J Neurol Sci 51:141–55.(1981)
  9. ^ Argov Z, et al., "Rimmed vacuole myopathy" sparing the quadriceps. A unique disorder in Iranian Jews. J Neurol Sci 64:33–43.(1984)
  10. ^ I. Nishino; S. Noguchi; K. Murayama; A. Driss; K. Sugie; Y. Oya; T. Nagata; K. Chida; T. Takahashi; Y. Takusa; T. Ohi; J. Nishimiya; N. Sunohara; E. Ciafaloni; M. Kawai; M. Aoki; I. Nonaka (2002). “Distal myopathy with rimmed vacuoles is allelic to hereditary inclusion body myopathy”. Neurology 59 (11): 1689-1693. doi:10.1212/01.WNL.0000041631.28557.C6. https://doi.org/10.1212/01.WNL.0000041631.28557.C6. 
  11. ^ a b 国内患者は300人の超希少疾患「採算取れない薬」の開発を実現させた患者の思い 診断から20年、「遠位型ミオパチー」の治療薬が世界で初めて承認”. 47NEWS. 共同通信社 (2024年3月26日). 2024年3月26日閲覧。
  12. ^ Noguchi S, et al., Reduction of UDP-N-acetylglucosamine 2-epimerase/N-acetylmannosamine kinase activity and sialylation in distal myopathy with rimmed vacuoles. J Biol Chem. 279:11402-11427.(2004)
  13. ^ a b Malicdan MC, et al., Prophylactic treatment with sialic acid metabolites precludes the development of the myopathic phenotype in the DMRV-hIBM mouse model. Nat Med. 15(6):690-695.(2009)
  14. ^ Wang B and Brand-Miller J. The role and potential of sialic acid in human nutrition. Eur J Clin Nutr. 57(11):1351-1369.(2003)
  15. ^ a b Galeano B, et al., Mutation in the key enzyme of sialic acid biosynthesis causes severe glomerular proteinuria and is rescued by N-acetylmannosamine. J Clin Invest. 117(6):1585-94.(2007)
  16. ^ a b Malicdan MC, et al., A Gne knockout mouse expressing human GNE D176V mutation develops features similar to distal myopathy with rimmed vacuoles or hereditary inclusion body myopathy. Hum Mol Genet. 16(22):2669-2682.(2007)
  17. ^ 東北大学公式サイト>「縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチーを対象としたN-アセチルノイラミン酸の第Ⅱ/Ⅲ相試験(医師主導治験)を開始」
  18. ^ Sparks S, et al., Intravenous immune globulin in hereditary inclusion body myopathy: a pilot study. BMC Neurol. 7:3.(2007)


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