薬草 東西の医学における薬用植物の用法の共通点と相違点

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薬草

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/18 20:21 UTC 版)

東西の医学における薬用植物の用法の共通点と相違点

植物ごとの発見された薬効の一致

大塚恭男は東洋と西洋の、特に古代からルネサンス頃までの本草の比較を試みていると著書で述べたが[42]、東西両洋で使用された薬物が、両者の記載で、どの程度の共通性が見られるか検討してみたという[42]芍薬(しゃくやく)、甘草(かんぞう)、大黄(だいおう)など、まず30余種の薬物について検討した段階でも、「両者の間に共通の薬効を挙げている例があまりにも多いのに驚いた」と述べている[43]。「東西間の交流の乏しい時期を対象としているので、これらの記載は東西両文化圏でそれぞれ独立に経験された事実に基づいて行われた公算が大きい。この場合、両者の記載の一致の意味するところはきわめて大きく、このことは取りも直さず、先人の並々ならぬ努力と、透徹した観察眼を物語るものと思われるのである。」と述べている[43][* 10]

薬方、処方の違い

神農本草経における薬の分類 [16]
上品 (ideal drug) 作用がたとえ弱くとも副作用の無い薬
中品 (ordinary drug) 少量または短期間だけなら作用はあっても毒性の無い薬
下品 (drug to be cautious) 病気を治す力は強いがしばしば副作用を伴う薬

西洋の本草は、ディオスコリデス以来、博物学的分類を原則としていたが、中にはただのアルファベット順もあったという。18世紀になるとさまざまな分類法が行われるようになり、19世紀以降は薬効別分類が主流となり、今日に及んでいる[44]

それに対して、東洋の本草は『神農本草経』で、最初から、上・中・下という薬効別大分類が採用されている折、長らくそれが踏襲された[16]。明末の李時珍の『本草綱目』において、博物学的分類で分類し、上・中・下という薬効の区分は注記する形になった[44]

東洋の薬物治療学と西洋のそれとの大きな相違点は、東洋においては「薬方」が重視され、西洋においては個々(バラバラの)生薬を重視している、という点である[45]。「薬方」とは、大まかに言えば処方に相当するが、漢方においては、それを大別して「経方(けいほう)」と「奇方(きほう)」に区別している。「経方」はオーソドックスな薬方である。「奇方」はあまり理論に囚われていない、民間薬的な用法に近いような薬方のことである[45]

経方においては、薬方(薬の配合)ごとに名称がつけられている。例えば「桂枝湯(けいしとう)」「葛根湯(かっこんとう)」といったように名称がつけられているのである。これは中国医学のみに見られる特徴であり、なんでもないことのように考えてしまう人もいるが、実はこれがとても重要な意味を持っている。命名という操作によって、ひとつひとつの薬方は、それ自体がひとつの性格を持ったユニットとしてオーソライズされたことを意味するのであり、後の世代の者による薬方の恣意的な改変を拒むからである[45][46]。個々の漢方薬方は、原型のまま引き継がれ、無数の臨床経験によって徹底的にその性格が追求・研究されてきたのであり、そうして張仲景ら歴代の名医により見事に体系化されて、「方証相対」の原理に則った独自の治療学の体系を形成することになったのである。「方証相対」とは、患者の全体像(=証)を把握し、それに基づき治療内容を決める(=方)というように、方と証が常に一対となっていることである[47]


注釈 

  1. ^ ギリシア語の原題は「Περὶ φυτῶν ἱστορία ペリ・ピトン・ヒストリア」。ラテン語訳版のタイトルは「Historia Plantarumヒストーリア・プランタールム」。
  2. ^ 対訳版はLoeb Classical Library から出ている(大塚恭男 1996, p. 68)
  3. ^ テオフラストスの『植物誌』には、当時ギリシャにあったはずの「四体液説」関連の記述も見られないという(大塚恭男 1996, p. 68)。
  4. ^ 大塚恭三著『東洋医学』などでは『ギリシャ本草』という表現も記載されている。
  5. ^ 修道院からはシャルトルーズ(Chartreuse)、ベネディクティーヌ(Benedictine)など多くの人々に愛される有名な銘柄も数多く生まれた。修道院でのワイン、リキュールなどの酒造りは貴重な収入源でもあった。
  6. ^ ただし、リンネの分類法は、現代の自然分類法とは異なっていて、各植物のいくつかの特徴に着目し分類するというものではあった。その後さまざまな分類法が提唱されたが、19世紀には植物の進化の系統に基づいて分類が行われるようになり、現在も生物学ではそれが採用されている(県功 & 奥田拓男 1991, p. 4)。
  7. ^ 「薬の適用法には、単行、相須、相使、相畏、相悪、相反、相殺の7通りがあり、配剤には相須と相使のものを使い、相悪や相反のものを伍用してはならない。ただ、毒薬の場合は相畏、相殺のものを用いて、その毒性を抑制するようにする」という薬の配合禁忌の原則が記載されている。(大塚恭男 1996, p. 71)
  8. ^ 中国において「東洋医学」と言うと、日本の医学を指してしまう、という。
  9. ^ 医原病
  10. ^ 例えば、甘草では、口渇、喉の痛み、呼吸困難、咳、胃病、創傷、諸薬の効果を助ける、などの項が東西の古本草の記載で一致しており、大黄では、諸体液の新陳代謝、胸腹の痛み、便秘、胃腸病、黄疸、月経異常、利尿、熱病などの項が一致しているという(大塚恭男 1996, p. 13)。
  11. ^ 大塚恭男は、「農学栄えて農業滅ぶ」と言った農業経済学者東畑精一の言葉を引用して警告している(大塚恭男 1996, p. 49)。いわゆる「科学者」や、大学の研究者などがしばしば陥ってしまう、とも指摘されることがある態度。そもそも、それぞれの領域が存在する最大の目的・任務を忘れて、自分が「知る」ことを優先してしまったり、「知る」ことのためには、領域の本来の目的を放置したり、求めている大切な状態を破壊しても何とも思わなくなってしまうような、目的と手段が反転した、本末転倒の態度。このような態度は、また「主知主義」といった言葉で非難されていることも多い。

出典

  1. ^ a b c d e f 馬場篤 1996, p. 4.
  2. ^ 〈6〉薬草再興 まちぐるみ「大和当帰」用いて観光客呼び込む 読売新聞オンライン 奈良のニュース(2023年1月8日)同日閲覧
  3. ^ a b c d e f 県功 & 奥田拓男 1991, p. 1.
  4. ^ 【サイエンスReport】「薬用植物」創薬へと活用:原材料の候補 収集し分析『読売新聞』朝刊2022年12月4日くらしサイエンス面
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n 県功 & 奥田拓男 1991, pp. 1–2.
  6. ^ a b c d e f g h i j k 馬場篤 1996, p. 5.
  7. ^ a b c 馬場篤 1996, p. 6.
  8. ^ 関連リンク:山崎 幹夫『ディオスコリデスの薬物誌』全2巻、鷲谷いずみ訳(第1巻)、大槻真一郎訳(第2巻)、B5判、1200頁、22000円、エンタプライズ(株)NAID 110003647995。日本では「ギリシア本草」とも訳される。
  9. ^ 関連リンク:青柳正規「ディオスコリデスと植物園」東京大学
  10. ^ a b c d e f g h i j k 県功 & 奥田拓男 1991, p. 3.
  11. ^ a b c 大塚恭男 1996, p. 68.
  12. ^ a b c d 大塚恭男 1996, p. 67.
  13. ^ 『修道院の薬草箱―70種類の薬用ハーブと症状別レシピ集』
  14. ^ a b c d 県功 & 奥田拓男 1991, p. 4.
  15. ^ a b c 県功 & 奥田拓男 1991, p. 5.
  16. ^ a b c 日本医師会 編 『漢方治療のABC』医学書院〈日本医師会生涯教育シリーズ〉、1992年、20-22頁。ISBN 4260175076 
  17. ^ a b c d e 県功 & 奥田拓男 1991, p. 6.
  18. ^ a b 大塚恭男 1996, p. 21.
  19. ^ 羽生 2010, p. 146.
  20. ^ 羽生 2010, p. 129.
  21. ^ 羽生 2010, p. 148-150.
  22. ^ 羽生 2010, p. 179-183.
  23. ^ 羽生 2010, p. 140-141.
  24. ^ 羽生 2010, p. 150-151.
  25. ^ 羽生 2010, p. 159.
  26. ^ a b c d e f g h i j 大塚恭男 1996, p. 10.
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  29. ^ 日経メディカル開発 1995, p. 210.
  30. ^ 大塚恭男 1996, p. 2.
  31. ^ Health at a Glance 2013 (Report). OECD. (2013-11-21). pp. 104-105. doi:10.1787/health_glance-2013-en. ISBN 978-92-64-205024. 
  32. ^ a b c 日経メディカル開発 1995, p. 145.
  33. ^ 大塚恭男 1996, p. 4.
  34. ^ 日経メディカル開発 1995, p. 214.
  35. ^ a b 日経メディカル開発 1995, p. 158.
  36. ^ 日経メディカル開発 1995, p. 311.
  37. ^ a b c 県功 & 奥田拓男 1991, p. 45.
  38. ^ 県功 & 奥田拓男 1991, p. 46.
  39. ^ a b 県功 & 奥田拓男 1991, p. 53.
  40. ^ 県功 & 奥田拓男 1991, p. 54.
  41. ^ 薬草、国産ぐんぐん 高まる漢方需要・中国産高騰朝日新聞』夕刊2017年7月15日
  42. ^ a b 大塚恭男 1996, p. 12.
  43. ^ a b 大塚恭男 1996, p. 13.
  44. ^ a b 大塚恭男 1996, pp. 13–14.
  45. ^ a b c 大塚恭男 1996, p. 14.
  46. ^ 花輪寿彦 2003, pp. 286–288.
  47. ^ 大塚恭男 1996, p. 16.
  48. ^ 県功 & 奥田拓男 1991, p. 40.
  49. ^ 県功 & 奥田拓男 1991, p. 44.
  50. ^ a b c d e f 日経メディカル開発 1995, p. 365.
  51. ^ 坂本信夫 他(1987年)「糖尿病」30: 729-738
  52. ^ 日経メディカル開発 1995, p. 211佐藤祐造
  53. ^ a b 日経メディカル開発 1995, p. 211.
  54. ^ a b 日経メディカル開発 1995, p. 403.
  55. ^ 大塚恭男 1996, p. 48.
  56. ^ 大塚恭男 1996.
  57. ^ 日経メディカル開発 1995, p. 239.
  58. ^ 大塚恭男 1996, p. 108.
  59. ^ 田中 孝治、神蔵 嘉高『家庭で使える薬用植物大事典』家の光協会、2002


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