薬草 薬草の概要

薬草

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/23 08:51 UTC 版)

ヤツデ(小石川植物園にて)。ヤツデの葉を乾燥させたものは「八角金盤」と呼ばれる生薬になる。現在の小石川植物園はもとは江戸幕府薬草園であった
キナの樹皮から作られるキニーネ抗マラリア剤として、途上国で広く活用されている。

概要

薬草というと、草本ばかりではなく木本も使われているため、専門的・学術的に正確には薬用植物という[1]。薬用とする植物は、全植物体を使用するものは比較的少なく、薬効成分が多く含まれる根皮、樹皮、葉、花など、それぞれの有効部分を用いている[1]。また、医薬として使用しなくても利用価値があり、民間療法として用いられる薬用植物も、便宜上「薬草」と称している[1]

植物は多種多様な有機化合物を生合成している。薬用植物の主たる成分を挙げると、デンプンイヌリン、脂肪油、タンパク質、粘液、ゴム樹脂、精油バルサム樹脂、トリテルペンステロイドサポニン、カウチュック、タンニン、リグナン、リグニン、配糖体、アルカロイド、カルシウム塩を挙げられる。特に、アルカロイドは生理活性物質が多いとされている。

薬用植物はさまざまな形で用いられており、そのままの状態で使うこと、簡単な加工をすることや、エキス剤にすること、有効成分を抽出することなどがある。世界各地で用いられている薬用植物を、その文化的文脈や用法で大まかに分類してみると、中国で伝えられた中薬や、日本に伝わった漢方薬、そして日本の民間医薬、ヨーロッパハーブスパイスインド伝統医学で用いられる薬用植物、インドネシアマレーシアなどで用いられてきた薬用植物、アメリカ大陸で用いられてきた薬用植物などに分類することも可能である。

人類はおそらく文字として歴史に残されていないくらいの大昔から、健康を持続したいと願い、体力がつく食物を選び、体調が悪いときには順調になるような薬を求めて、薬用植物を用いてきたのだろうと考えられている[1]東洋西洋において、先人の努力・経験によって得た薬用植物の効能は「薬用植物誌」あるいは「本草」にまとめられている。それらは東西交流がほとんどなかった時代に編纂されたにもかかわらず、驚くほど似通っている点が多い、といわれている。ただし、薬用植物の用い方については、古代から洋の東西によって相違点がはっきりと見られ、思考様式の違いによると考えられている。現代でも、欧米の国々(例えばドイツフランススイスオーストリア…等々)でも、アジアの国々(例えば中国、インド、日本…等々)でも、その他の世界中の地域・民族も含めて、膨大な数の人々が薬用植物を活用している[2]

薬用植物は、もともとは野生のものを採取していたが(野生品)、いくつかの理由から、栽培したものも用いられている(栽培品)。栽培品の場合、採取後、集荷業者、卸業者などを経て、医薬品メーカーで加工され、薬局・薬店・病院などで販売されている。人が服用するものであるので、採取や加工は一定の方法が守られており、規格や取り扱い方法について各国で公的な規準が定められている。

世界各地の様々な伝統医学が、今日も現役の医学として多くの人々の健康を支えており、そういった伝統医学では一般に、薬用植物を用いて疾患の治療、病気の予防、健康の維持や向上を実現している。 近年、大学や研究所などにおいて、東洋医学や、東洋医学的な薬用植物の活用法について、西洋医学的な見地からの研究・実証が進んでいる。基礎的研究や臨床治験の成績は、質量ともに目覚ましい展開を見せており、東洋医学の有用性を西洋医学的な見地から見ても裏付ける形となっている。推計学的に有意の差をもって東洋医学の有効性を示すものが多い。基礎医学的研究も、漢方薬の有用性を現代医学的に裏付ける結果を示すものが多い。

薬用植物の用いられる形態

生薬加工に用いられていた薬研

薬用植物の用いられ方は、現代では次のようなものがある[3]

  • そのまま植物の形で用いる方法[3]
  • 簡単な加工をして用いる方法(生薬[3]
  • エキスにして用いる方法[3]
例えば、漢方製剤など。日本のイチョウも日本国外で製剤として用いられている。
  • 有効成分だけを抽出・単離し製剤として用いる方法[3]
例えば、ジギトキシンベルベリンコデインモルヒネなど
  • 成分を抽出しそのままでなく、さらに化学構造を変化させてから用いる方法[3]
例えば、ジオスゲニンを元にしてコルチゾンなどのステロイドホルモンが作られている。

薬草にも薬害はあり、中には生命に関わる毒を有するものもあり、使用の仕方によっては、薬にも毒にもなる[4]中国では医食同源の考え方があり、病気を防ぐ食物と病気を治す薬はともに自然物から取り、その薬には上薬・中薬・下薬があり、二千年以上の歴史の中で、その使用用法を明らかにしてきた[1]。民間で用いる場合には、上薬である滋養強壮・保険に役立つものか、中薬で穏やかな薬草が用いられるべきで、毒が多い下薬は外用に限るべきだという意見がある[4]。漢方では主に薬草を使用しており、患者の体質や状態に合わせて、いくつかの薬草を配合する[4]。配合の比率により陰陽・気味の効果が増したり、有毒作用を変えたりして、患者に適応した処方をするため、素人にはできないとされている[5]。民間薬は、1種類の使用が多く、2種類混ぜる場合でも同じ薬効がある薬草を選ぶべきとされる[5]。薬草は必ずしも万人に同じように有効であるとは言えず、いろいろ試して患者に適合したものを見つける方法が採られる[5]


注釈 

  1. ^ 北米の原住民ら(いわゆる「インディアン」によって、見出され、用いられてきたもの
  2. ^ 日本では、ギリシア本草とも訳される
  3. ^ ギリシア語の原題は「Περὶ φυτῶν ἱστορία ペリ・ピトン・ヒストリア」。ラテン語訳版のタイトルは「Historia Plantarumヒストーリア・プランタールム」。
  4. ^ 対訳版はLoeb Classical Library から出ている(大塚恭男 1996, p. 68)
  5. ^ テオフラストスの『植物誌』には、当時ギリシャにあったはずの「四体液説」関連の記述も見られないという(大塚恭男 1996, p. 68)。
  6. ^ 大塚恭三著『東洋医学』などでは『ギリシャ本草』という表現も記載されている。
  7. ^ 修道院からはシャルトルーズ(Chartreuse)、ベネディクティーヌ(Benedictine)など多くの人々に愛される有名な銘柄も数多く生まれた。修道院でのワイン、リキュールなどの酒造りは貴重な収入源でもあった。
  8. ^ ただし、リンネの分類法は、現代の自然分類法とは異なっていて、各植物のいくつかの特徴に着目し分類するというものではあった。その後さまざまな分類法が提唱されたが、19世紀には植物の進化の系統に基づいて分類が行われるようになり、現在も生物学ではそれが採用されている(県功 & 奥田拓男 1991, p. 4)。
  9. ^ 「薬の適用法には、単行、相須、相使、相畏、相悪、相反、相殺の7通りがあり、配剤には相須と相使のものを使い、相悪や相反のものを伍用してはならない。ただ、毒薬の場合は相畏、相殺のものを用いて、その毒性を抑制するようにする」という薬の配合禁忌の原則が記載されている。(大塚恭男 1996, p. 71)
  10. ^ 中国において「東洋医学」と言うと、日本の医学を指してしまう、という。
  11. ^ 医原病
  12. ^ 例えば、甘草では、口渇、喉の痛み、呼吸困難、咳、胃病、創傷、諸薬の効果を助ける、などの項が東西の古本草の記載で一致しており、大黄では、諸体液の新陳代謝、胸腹の痛み、便秘、胃腸病、黄疸、月経異常、利尿、熱病などの項が一致しているという(大塚恭男 1996, p. 13)。
  13. ^ 大塚恭男は、「農学栄えて農業滅ぶ」と言った農業経済学者東畑精一の言葉を引用して警告している(大塚恭男 1996, p. 49)。いわゆる「科学者」や、大学の研究者などがしばしば陥ってしまう、とも指摘されることがある態度。そもそも、それぞれの領域が存在する最大の目的・任務を忘れて、自分が「知る」ことを優先してしまったり、「知る」ことのためには、領域の本来の目的を放置したり、求めている大切な状態を破壊しても何とも思わなくなってしまうような、目的と手段が反転した、本末転倒の態度。このような態度は、また「主知主義」といった言葉で非難されていることも多い。

出典

  1. ^ a b c d e 馬場篤 1996, p. 4.
  2. ^ a b c d e f 県功 & 奥田拓男 1991, p. 1.
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n 県功 & 奥田拓男 1991, pp. 1–2.
  4. ^ a b c d e f g h i j k 馬場篤 1996, p. 5.
  5. ^ a b c 馬場篤 1996, p. 6.
  6. ^ 関連リンク:山崎 幹夫「ディオスコリデスの薬物誌 全2巻、鷲谷いずみ訳(第1巻)、大槻真一郎訳(第2巻)、B5判、1200頁、22000円、エンタプライズ(株)」NAID 110003647995
  7. ^ 関連リンク:青柳正規「ディオスコリデスと植物園」東京大学
  8. ^ a b c d e f g h i j k 県功 & 奥田拓男 1991, p. 3.
  9. ^ a b c 大塚恭男 1996, p. 68.
  10. ^ a b c d 大塚恭男 1996, p. 67.
  11. ^ 『修道院の薬草箱―70種類の薬用ハーブと症状別レシピ集』
  12. ^ a b c d 県功 & 奥田拓男 1991, p. 4.
  13. ^ a b c 県功 & 奥田拓男 1991, p. 5.
  14. ^ a b c 日本医師会 編 『漢方治療のABC』医学書院〈日本医師会生涯教育シリーズ〉、1992年、20-22頁。ISBN 4260175076 
  15. ^ a b c d e 県功 & 奥田拓男 1991, p. 6.
  16. ^ a b 大塚恭男 1996, p. 21.
  17. ^ 羽生 2010, p. 146.
  18. ^ 羽生 2010, p. 129.
  19. ^ 羽生 2010, p. 148-150.
  20. ^ 羽生 2010, p. 179-183.
  21. ^ 羽生 2010, p. 140-141.
  22. ^ 羽生 2010, p. 150-151.
  23. ^ 羽生 2010, p. 159.
  24. ^ a b c d e f g h i j 大塚恭男 1996, p. 10.
  25. ^ 日経メディカル開発 1995, p. 131.
  26. ^ 大塚恭男 1996, pp. 9–10.
  27. ^ 日経メディカル開発 1995, p. 210.
  28. ^ 大塚恭男 1996, p. 2.
  29. ^ Health at a Glance 2013 (Report). OECD. (2013-11-21). pp. 104-105. doi:10.1787/health_glance-2013-en. ISBN 978-92-64-205024. 
  30. ^ a b c 日経メディカル開発 1995, p. 145.
  31. ^ 大塚恭男 1996, p. 4.
  32. ^ 日経メディカル開発 1995, p. 214.
  33. ^ a b 日経メディカル開発 1995, p. 158.
  34. ^ 日経メディカル開発 1995, p. 311.
  35. ^ a b c 県功 & 奥田拓男 1991, p. 45.
  36. ^ 県功 & 奥田拓男 1991, p. 46.
  37. ^ a b 県功 & 奥田拓男 1991, p. 53.
  38. ^ 県功 & 奥田拓男 1991, p. 54.
  39. ^ 薬草、国産ぐんぐん 高まる漢方需要・中国産高騰朝日新聞』夕刊2017年7月15日
  40. ^ a b 大塚恭男 1996, p. 12.
  41. ^ a b 大塚恭男 1996, p. 13.
  42. ^ a b 大塚恭男 1996, pp. 13–14.
  43. ^ a b c 大塚恭男 1996, p. 14.
  44. ^ 花輪寿彦 2003, pp. 286–288.
  45. ^ 大塚恭男 1996, p. 16.
  46. ^ 県功 & 奥田拓男 1991, p. 40.
  47. ^ 県功 & 奥田拓男 1991, p. 44.
  48. ^ a b c d e f 日経メディカル開発 1995, p. 365.
  49. ^ 坂本信夫 他(1987年)「糖尿病」30: 729-738
  50. ^ 日経メディカル開発 1995, p. 211佐藤祐造
  51. ^ a b 日経メディカル開発 1995, p. 211.
  52. ^ a b 日経メディカル開発 1995, p. 403.
  53. ^ 大塚恭男 1996, p. 48.
  54. ^ 大塚恭男 1996.
  55. ^ 日経メディカル開発 1995, p. 239.
  56. ^ 大塚恭男 1996, p. 108.
  57. ^ 田中 孝治、神蔵 嘉高『家庭で使える薬用植物大事典』家の光協会、2002






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