荒野より (小説) 独楽

荒野より (小説)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/14 15:35 UTC 版)

独楽

独楽
作者 三島由紀夫
日本
言語 日本語
ジャンル 随筆短編小説
発表形態 雑誌掲載
初出情報
初出 『辺境』1970年9月号
出版元 影書房
刊本情報
収録 評論集『蘭陵王―三島由紀夫 1967.1 - 1970.11』
出版元 新潮社
出版年月日 1971年5月6日
装幀 増田幸右
ウィキポータル 文学 ポータル 書物
テンプレートを表示

『荒野より』との類似性を指摘されている『独楽』は、随筆として全集に収められているが、短編小説として論じる研究家もあり、もしもこれを小説と見なすならば、『蘭陵王』に次ぐ、三島の最後の短編小説となる[1]

初出は1970年(昭和45年)、雑誌『辺境』9月号に掲載された作品で[24]、三島の死後の1971年(昭和46年)5月6日に新潮社より刊行の『蘭陵王――三島由紀夫 1967.1~1970.11』に収録された[25]

内容

ある春の午後、「私」に会いたいと言う男子高校生が3時間も塀の外にいると家政婦から告げられ、「私」はまた狂人の類だと思い、紹介状を持たない人間には会わないと断るが、その高校生は礼儀正しい普通の学生らしいので、外出間際の「私」は、5分間だけという条件でその「少年」と面会した。

頬を赤らめている「少年」には全く不審なところはなく、学生服もきちんと着ていた。時間がないので、一番聞きたい質問を一つだけしてごらん、と「私」が言うと、澄んだ目の「少年」は「先生はいつ死ぬんですか」と「私」を直視した。

「私」はその質問に、「滑稽なしどろもどろな返答」をし、後は呑気な雑談を交わして、「少年」は帰って行った。「私」は外出の用事を済ませ、その日はいつものように過ぎていった。しかし、「少年」の言葉は「私」に刺さったまま、やがて傷口が化膿した。

「私」は自分自身の経験から、少年期というものを知っている。少年は独楽なのだ。独楽が回転して澄んでいる時、独楽には「不気味な能力」が備わり、「全能」でありながら、自身の姿は完全に隠れてしまっている。それは「透明な兇器」に似て、しかも独楽自身はそれに気づかず、軽やかに歌っているのだ。自身が消えていることに気づいていないだけでなく、「何かが自分と入れかわったこと」にも気がつかない。

「先生はいつ死ぬんですか」と質問した時、そこに「少年」は存在していたが、独楽は澄んでいたから、「少年」はそこにいなかった。「少年」は次の瞬間、自分がした質問を覚えていなかったかもしれない。

作品背景

『独楽』に登場する少年は、実際に三島邸を訪れており、三島はそのことをドナルド・キーンに語っている[26]徳岡孝夫も、キーンからその少年の話を三島の直話として聞いたとし[27]、「こういうことでキーン氏に嘘をついたり事実を誇張したりする三島さんでないことは、キーン氏も私も知っている」と述べている[27]

また、「楯の会」の入会希望者だった「幻の六期生」・須賀清の友人の国学院生が、三島宅を1970年(昭和45年)に訪問し、「先生はいつ死ぬんですか」と質問をしていたというエピソードが「楯の会」会員の証言集に綴られている[28]。この友人は三島と会い、緊張で頭の中が真っ白になり、その質問をしてしまい[28]、その時に三島は「わっはっは」と哄笑し、「まあ、お茶でも飲め」とすすめ、彼は紅茶をご馳走になったという[28][注釈 3]

この当時の三島は、全共闘や数々の大学で討論会などに出かけていたが、その中で、三島がある学生から、この「ヘルメース」のような少年と同じ質問を受けていたと田中美代子は語っている[29]


注釈

  1. ^ 住所は大田区南馬込四丁目32-8である。
  2. ^ 澁澤龍彦が追悼文『絶対を垣間見んとして……』の中で、三島を「能動的ニヒリスト」と呼んだこと[22]
  3. ^ ただし、幻の六期生・須賀清は、この友人が三島宅を訪問した時期を、1970年(昭和45年)の「夏」だったとしている[28]

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m 青海健異界からの呼び声――三島由紀夫晩年の心境小説」(愛知女子短期大学 国語国文 1997年3月号)。(青海・帰還 2000, pp. 58–83)。
  2. ^ a b c 山内洋「荒野より【研究】」(事典 2000, pp. 135–137)
  3. ^ a b 佐渡谷重信「荒野より」(旧事典 1976, p. 152)
  4. ^ a b c d e f 清水昶「日常の中の荒野――『真夏の死』、『孔雀』、『荒野より』、『独楽』」(清水昶 1986, pp. 60–75)
  5. ^ 田中美代子「解題――荒野より」(20巻 2002, p. 806)
  6. ^ 井上隆史編「作品目録――昭和41年」(42巻 2005, pp. 440–444)
  7. ^ 山中剛史編「著書目録」(42巻 2005, p. 597)
  8. ^ “[https://www.chuko.co.jp/bunko/2016/06/206265.html 荒野より 新装版]”. 中央公論社 (2016年6月23日). 2022年12月11日閲覧。
  9. ^ 久保田裕子「三島由紀夫翻訳書目」(事典 2000, pp. 695–729)
  10. ^ 佐藤秀明・井上隆史編「年譜 昭和41年6月下旬」(42巻 2005, p. 282)
  11. ^ a b c 三島由紀夫「荒野より」(群像 1966年10月号)。『荒野より』(中央公論社、1967年3月)、荒野・中公 1975, pp. 10–28、群像18 1990, pp. 367–378、20巻 2002, pp. 517–537に所収
  12. ^ a b c d e f g h i 奥野健男「『英霊の声』の呪詛と『荒野より』の冷静」(奥野 2000, pp. 391–420)
  13. ^ a b c d 平岡梓「倅・三島由紀夫」(諸君! 1971年12月号-1972年4月号)。「第三章」(梓 1996, pp. 48–102)。
  14. ^ 江藤淳「文芸時評」(朝日新聞夕刊 1966年9月27日号)。江藤 1989, pp. 373–377に所収。事典 2000, p. 135に抜粋掲載。
  15. ^ a b c 山本健吉「文芸時評」(読売新聞 1966年9月27日号)。山本 1969, pp. 426–427に所収
  16. ^ 三島由紀夫「危険な芸術家」(文學界 1966年2月号)。荒野・中公 1975, pp. 124–126、美学講座 2000, pp. 54–56、33巻 2003, pp. 632–634に所収
  17. ^ a b c 磯田光一「文化主義に背くもの――『荒野より』について」(図書新聞 1967年4月1日号)。「三島由紀夫と現代 文化主義に背くもの――『荒野より』について」(磯田 1979, pp. 137–140)
  18. ^ a b c d e 佐伯彰一「《評伝・三島由紀夫》――二つの遺作」(『三島由紀夫全集』3巻-4巻、6巻、10巻、13巻、17巻-19巻月報付録)(新潮社、1973年-1974年)。「第二部 追想のなかの三島由紀夫――(一)二つの遺作」(佐伯 1988, pp. 77–126)に所収
  19. ^ a b c 村松剛「解説」(荒野・中公 1975, pp. 313–319)。「I 三島由紀夫――その死をめぐって 『荒野より』」(村松・西欧 1994, pp. 30–37)に所収
  20. ^ a b c d e 中上健次「三島由紀夫の短編」(群像18 1990, pp. 306–308)
  21. ^ a b c d e f g h 佐藤秀明「序章 三島由紀夫の『荒野』」(佐藤 2006, pp. 9–19)
  22. ^ 澁澤龍彦「絶対を垣間見んとして……」(新潮 1971年2月号)。澁澤 1986, pp. 75–85に所収
  23. ^ 大野晋『日本語練習帳』(岩波新書、1999年1月)
  24. ^ 井上隆史編「作品目録――昭和45年」(42巻 2005, pp. 456–460)
  25. ^ 山中剛史編「著書目録」(42巻 2005, p. 615-616)
  26. ^ 三島由紀夫「ドナルド・キーン宛ての書簡」(昭和45年2月27日付)。ドナルド書簡 2001, pp. 190–192、38巻 2004, pp. 447–449に所収
  27. ^ a b 徳岡孝夫「第八章 いつ死ぬ覚悟を?」(徳岡 1999, pp. 209–210)
  28. ^ a b c d 鈴木亜繪美「第一章 曙(五)『楯の会』百人の兵隊――五期生 須賀清の証言」(火群 2005, p. 69)
  29. ^ 田中美代子「解説――まだ文学が神聖だった頃」(遍歴エッセイ 1995, pp. 275–282)





英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「荒野より (小説)」の関連用語

荒野より (小説)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



荒野より (小説)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの荒野より (小説) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS