東映Vシネマ
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その他
アクションものが続くことによるマンネリ化を防ぐために、毛並みの変わったレーベルでリリースしたこともあったが、1,2作程度で終わった。
- 東映ヤングVシネマ - アクション系と違った、軽いタッチの若者向け作品。第1弾は『2人のマジカル・ナイト』[32]。
- 東映Vエロチカ - ヌードシーンやセクシーシーン満載の作品。第1弾は『マニラ・エマニエル夫人 魔性の楽園』[33]。
- 東映Vアメリカ - ハリウッドシステムと組んで作った、アメリカ版Vシネマ。主要俳優・プロデュースは日本サイドだが、製作プロダクションはアメリカの会社で行う。一瀬隆重が、日米間のコーディネイトを行うプロデューサーとして活動した。第1弾は『DISTANT JUSTICE 復讐は俺がやる』[34]。
2000年代以降
本来はVシネマとして制作されたにもかかわらず、単館上映されたためパッケージに「劇場公開作品」と記載した作品が増え[5](小さい館で1回レイトショー上映しただけでもこう表記することが可能なため、逆に言えば箔付けとしては無意味にもなりつつある)、厳密な意味でのVシネマは減少の一途にある。2004年頃はレンタルより販売中心のDVD時代を迎え[5]、Vシネマはほとんど作られていなかった[5]。2004年3月までに製作されたVシネマは約230本[5]。レンタルビデオ市場も縮小傾向にあり、市場に投入してきたDVDにより、オンラインDVDレンタルや、特典映像を付加してDVDセル市場に力をいれる傾向にある。
東映製作による特撮テレビドラマのシリーズ「スーパー戦隊シリーズ」のオリジナルビデオ作品「スーパー戦隊Vシネマ」のうち、VSシリーズでDVD化された作品には「スーパー戦隊Vシネマ」の表記とは別に、パッケージの背表紙に「東映VCINEMA」の表記を用いている。ただし、一部の作品は「スーパー戦隊Vシネマ」の名称が用いられる前の「スーパー戦隊OVシリーズ」の表記を用いている。
また、平成仮面ライダーシリーズ初のオリジナルビデオ『仮面ライダーW RETURNS』(2011年)やメタルヒーローシリーズ(宇宙刑事シリーズ)初のオリジナルビデオ『宇宙刑事 NEXT GENERATION』(2014年)、「劇場公開作品」として製作された『スペース・スクワッド』(2017年)といった往年の特撮テレビドラマのオリジナルビデオ作品にはパッケージの表紙に「東映VCINEMA」の表記が用いられており、東映Vシネマの作品として制作されている。
2014年は東映Vシネマ25周年と位置付けられ、厳選された名作Vシネマ25作品が「25th Anniversary 東映 Vシネ伝説」と題してDVDリリースされるほか、東映Vシネマ25周年記念作品『25 NIJYU-GO』が同年11月1日に公開された。この作品も上に記した様な「劇場公開作品」だが、主演の哀川翔ほか東映Vシネマで名を成した俳優たちが大勢出演し、Vシネ25周年を祝う[2]。
製作費
Vシネマ創設時の製作費は6000万円とされているが、1990年2月に毎月一本のレギュラー発売を表明した際の10本は全て8000万円以上と発表された[12][35]。劇場公開しない分、宣伝費やプリント費は安く上がった[7]。1991年、名取裕子主演・長崎俊一監督の『夜のストレンジャー 恐怖』が8000万円[36]、撮影期間が20日間。その後さまざまな会社がVシネに参入して製作費のダンピング合戦となり、製作費削減で粗製乱造が始まり[7]、勢いも落ち[7]、ケイエスエスが5000万円に製作費を下げた[36]。この辺まではまだフィルムで撮れる余裕があった。やがてテレビ映画を撮っていたプロデューサーが参入してきて、連続テレビ映画のノウハウを活かし2本撮りで5000万円。撮影も三週間で2本の時代が続いた[36]。黒沢清監督が「勝手にしやがれ!!」シリーズや「復讐」シリーズを撮っていた1990年代中頃。東映Vシネマ1996年、佐々木浩久監督の『GO CRAZY 銃弾を駆け抜けろ!』は、製作費1800万円、御宿の日活保養所で毎日徹夜で8日間で撮影した[36]。製作費は下がり始めるとアクション中心のVシネマは減り、低予算で撮れるエロVシネマの時代がやってきた。これも当初はフィルムで撮っていた。他社はさらなる低予算でビデオ映画のノウハウを活かし、廣木隆一門下フィルムキッズを中心に若手の大量投入で傑作を量産した。製作費はどんどん下降して2008年頃は3500万円くらいになった[35]。ギャラのトップは竹内力で、竹内のギャラは1本1000万円まで吊り上った[35]。2008年頃の2時間ドラマで、製作費が5000万円なら、主演俳優のギャラは200~300万円が相場。テレビに比べVシネマの主演スターはギャラが破格だった[35]。
- ^ "Vシネマ". デジタル大辞泉. コトバンクより2024年3月6日閲覧。
- ^ a b c d e #Vシネ伝説
- ^ a b c “【映画はどう変わるのか?】東映・手塚治社長に直撃!”. 財界オンライン (財界研究所). (2022年12月31日) 2023年1月4日閲覧。
- ^ Vシネマ誕生から25年 その歴史と扱われやすいテーマを解説
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 宮崎美紀子 (2004年3月19日). “"帝王"生んだVシネマ 哀川翔『ゼブラーマン』で主演映画100本 低予算、短期間で撮影 ヒットするとシリーズ化 2週間程度公開後ビデオ化し、販売”. 東京新聞 (中日新聞東京本社): p. 芸能ス18
- ^ a b c d e f g h i j k l m “ねりま映像人インタビュー 第21回 加藤和夫さん(東映ビデオプロデューサー) 後編”. 映像文化のまち ねりま. 練馬区役所練馬区文化・生涯学習課 (2023年3月27日). 2023年4月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年4月21日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 勝田友巳 (2014年8月12日). “ルポ:東映がVシネマ25年記念作 日本映画史の足跡 『25 NIJYU–GO』11月劇場公開”. 毎日新聞東京夕刊 (毎日新聞東京本社): p. 6
- ^ a b c d e f g h i “第1部エンターテインメントの新風ービデオ(ヒットマーケティング売れる商品開発)”. 日経流通新聞 (日本経済新聞社): p. 3. (1990年6月12日)
- ^ a b c d e f g h “ビデオソフト 自ら作ります メーカー、劇場用映画にも進出 将来の不足に今から準備も”. 読売新聞夕刊 (読売新聞社): p. 13. (1989年2月8日)
- ^ a b #Vシネマ魂、p.16
- ^ a b #アニキ考、pp.23-25
- ^ a b c d e f 「ビデオ 毎月レギュラー化を決定 東映ビデオ『Vシネマ』」『AVジャーナル』1990年2月号、文化通信社、30頁。
- ^ a b c d e f g h i j k l m #シナリオ、pp.5-8「東映ヘッドプロデューサー吉田達氏に聞く 映画ともTVともちがうものを...」
- ^ 寺島進インタビュー「Vシネは俺にとって一筋の光明だった」(Internet Archive)
- ^ a b c d e f #山根、pp.63-65
- ^ a b c 高瀬 将嗣 「祝!東映Ⅴシネ25周年」 - 日本映画監督協会(Internet Archive)
- ^ 松島利行 (1992年3月11日). “〔用意、スタート〕 戦後映画史・外伝 風雲映画城/51 三田派か佐久間派か”. 毎日新聞夕刊 (毎日新聞社): p. 3
- ^ #シナリオ、pp.9-11「東映Vシネマとビデオ・オリジナルのゆくえー塩田時敏」
- ^ a b c d e f #シナリオ2014、pp.5-9
- ^ #シナリオ2014、p.11
- ^ a b c d e #キネ旬19905、pp.42-43
- ^ a b c d 「ビデオ 市場拡大か、共食いか!? OVM、年末年始ポーク状況」『AVジャーナル』1990年11月号、文化通信社、26頁。
- ^ a b #キネ旬19905、p.36
- ^ a b c 「GO–STOP 東映Vシネマ時代到来を実現へ 東映『90年ビデオ感謝パーティ』開催」『AVジャーナル』1990年7月号、文化通信社、119頁。
- ^ #シナリオ、pp.12-13「若者よ、Vドラマを目指せー桂千穂」
- ^ 私の新人時代 - 日本映画テレビプロデューサー協会(Internet Archive)東映キネマ旬報 2011年夏号 Vol.17 | 電子ブックポータルサイトp6-8 Archived 2015年7月3日, at the Wayback Machine.
- ^ 『私と東映』 x 沢島忠&吉田達トークイベント(第1回 / 全2回)
- ^ #Vシネマ魂、pp.74-75
- ^ 歴史|東映株式会社〔任侠・実録〕(Internet Archive)
- ^ 「やくざ映画の父」東映岡田茂氏死去87歳 - 日刊スポーツ、楠木建 (2017年12月19日). “男のヤクザ映画、女のタカラヅカ 楠木建の「好き」と「嫌い」 好き:ヤクザ映画 嫌い:タカラヅカ”. 文春オンライン (文藝春秋). オリジナルの2017年12月23日時点におけるアーカイブ。 2018年3月20日閲覧。「東映不良性感度映画の世界 追悼・岡田茂」『映画秘宝』、洋泉社、2011年8月、66頁。岡田茂(東映・相談役)×福田和也「東映ヤクザ映画の時代 『網走番外地』『緋牡丹博徒』『仁義なき戦い』の舞台裏は 」『オール読物』、文藝春秋、2006年3月、215頁。「山口組、稲川会の実名と代紋が登場!東映ヤクザ映画の桁外れな歴史考察」『サイゾー』、サイゾー、2013年3月、54-56頁。
- ^ 日本映画支えるVシネ出身者 阿部寛、遠藤憲一、香川照之等│NEWSポストセブン
- ^ マニラ・エマニエル夫人 魔性の楽園 | シネマ | 動画は楽天ShowTime (ショウタイム)
- ^ 【楽天市場】復讐は俺がやる [DISTANT JUSTICE【吹替】■監督:村川透//菅原文太/ジョージ・ケネディ■(1992) OV■【VHS】【中古】【ポイント10倍】:リサイクルメディア館]
- ^ a b c d #アニキ考、pp.64-65
- ^ a b c d #Vシネマ地獄、pp.120-122
- ^ “バイプレイヤー育成の土壌を作った“Vシネ”の功績”. ORICON NEWS (2018年2月21日). 2019年4月6日閲覧。
- ^ a b c d e 谷岡雅樹「神波史男追悼 『在りし日の彼方』」『キネマ旬報』2012年5月下旬号、キネマ旬報社、86-87頁。
固有名詞の分類
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