ベニテングタケ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/13 14:17 UTC 版)
利用
食文化
イボテン酸は強いうまみ成分であり、本種が毒キノコであることを知りつつも適量を食べる人もいる。また、本種が分布するような寒冷地では毒抜きを行って食べる文化を持っていることがある[1]。長野県の小諸地方では、乾燥して蓄え、煮物やうどんのだしとしても利用したといい[13]、煮こぼして塩漬けで2、3か月保存すれば毒が緩和されるので、食べ物の少ない冬に備えた[14]。ロシアにおいてもシベリア地域などに本種を食べる文化があるという。自然写真家の大作晃一 (2015) によれば、若気の至りで食べたてみたことがあり、うまみが強く、タマゴタケなど比べものにならないほどおいしかったと感想を述べている[1]。ただし、ドクツルタケなどに含まれるアマニタトキシンという内臓の細胞を破壊する成分が微量含まれるため、食べるのは厳禁とも述べている[1]。
薬用
儀式的なことで使われている事例が知られる。東シベリアのカムチャッカでは酩酊薬として使用されてきた歴史があったり、西シベリアではシャーマンが変性意識状態になるための手段として使われてきたように、ベニテングタケはシベリアの文化や宗教において重要な役割を果たしてきた。
また、趣味で菌類の研究をしていたアメリカの銀行家、ゴードン・ワッソンは古代インドの聖典『リグ・ヴェーダ』に登場する聖なる飲料「ソーマ」の正体が、ベニテングタケではないかという説を発表した[15]。著書『聖なるキノコ―ソーマ』である[10]。この説には、人類学者が反論を唱えた[注釈 2]が、1968年にワッソンの著書が出版された当時は広く信じられた。ワッソン自身もベニテングタケの効果に失望していたが、なぜか最後の著書『ペルセポネの探求』(未訳)ではベニテングタケを褒めたたえている[10]。
象徴
13世紀のキリスト教では、宗教的シンボルとなっており、フランスの(Plaincourault Chapel、プランクロー礼拝堂)には、知恵の木になっているベニテングタケが描かれている[18]。ルネッサンス期から、絵画の中でもしばしば描かれている。また、幸運のシンボルとして、1900年ごろからクリスマスカードのイラストにしばしば採用された。オリヴァー・ゴールドスミスの『世界市民』には、幻覚剤としての使用に言及した箇所がある。ベニテングタケを食べた際、物体の大きさに対する知覚が変化したという記録を残したモルデカイ・キュービット・クックの書物は、1865年の『不思議の国のアリス』のモデルになったと考えられている[19]
ヨーロッパでは、幸福を呼ぶキノコとして人気がある。装飾品や玩具のモチーフによく使われている[13]。白い水玉の赤キノコの配色は、絵本やアニメ映画、ビデオゲームなどにしばしば登場することで、なじみのあるものとなっている[3]。
特に有名なものに、テレビゲームソフト『スーパーマリオシリーズ』におけるキノピオのデザインや[20]、1940年のディズニー映画『ファンタジア』がある[21]。
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礼拝堂の壁に描かれる本種と思われるキノコ(フランス)
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モーリッツ・フォン・シュヴィント作(1851年)
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不思議の国のアリスの登場人物とキノコの銅像(ニューヨーク)
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郵便切手(アゼルバイジャン)
その他
殺ハエ作用を持つことから、各地でハエ捕りに用いられてきた[3][22]。ベニテングタケの煮汁を置いておくと、ハエが寄ってきて、キノコの毒成分で死んでしまう[1]。そのため日本では「ハエトリタケ」ともよばれる[1]。フランスではハエ殺し (une amanite tue-mouche) と呼ばれ、キノコ片を用いたし、日本でも東北や長野[23]でアカハエトリとも呼ばれ信州では米とこねて板に張り付けてハエを捕獲した[18]。しかし、世界の中にはベニテングタケの毒成分に適応し、本菌を食べて育つキノコバエもいる[3]。
注釈
出典
- ^ a b c d e f g h i j 大作晃一 2015, p. 38.
- ^ a b c d e f g h i j k l m n 長沢栄史監修 2009, p. 73.
- ^ a b c d e f g h i j k l 田中千尋「南半球に進出したベニテングタケ」(京都大学農学研究科)、吹春俊光 2010, pp. 118–119(コラム欄)
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 吹春俊光 2010, p. 116.
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- ^ a b c d e 吹春俊光 2010, p. 117.
- ^ 吹春俊光 2010, p. 121.
- ^ 吹春俊光 2010, p. 120.
固有名詞の分類
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