チューリップ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/25 02:30 UTC 版)
来歴
古くはオスマン帝国でもてはやされ[注釈 1]、オーストリアの大使オージェ・ギスラン・ド・ブスベックによって初めてヨーロッパに伝わる。この伝来のときに誤ってチュルバン(tülbend, ターバン)と伝わったために現在のチューリップという名が生まれた[2]。後、ブスベックの友人クルシウスがオランダのライデン植物園に移り、そこでチューリップを栽培したところ評判となった。盗難が何度も起きたためクルシウスは栽培を止めてしまったが、その後、オランダではチューリップ狂時代をはじめ、幾度と歴史上にチューリップが登場することとなる。16世紀末にはイギリスでも栽培が始まり、カーネーションやオーリキュラ (Primula auricula) と共に早くから育種が進んだ。19世紀には多数の品種が生まれ、現在でもいくつかが栽培されている。
日本への伝来と栽培
日本には、江戸時代後期に伝来したが普及するに至らず、大正時代に入って、ようやく小合村(現:新潟市秋葉区)で本格的な球根栽培が始まった。このことから、新潟地域の栽培農家は新潟が「日本チューリップ発祥の地」と自負しており、道の駅花夢里にいつには記念碑が建てられている。1963年には新潟県の県花にも指定されている。しかし、新潟県は大正8年(1919年)なのに対し、富山県では大正7年(1918年)に東砺波郡庄下村(現:砺波市)の水野豊造により栽培されていたことから、少なくとも本格的な栽培は富山県が日本初となる(それ以前より栽培はされていたが、球根状態での保存が確立したのがこの時期である)。
その後、日本では、女子児童を中心に小学生の間でチューリップが人気の花となり、校庭の花壇に植えたり、鉢植えにされたりしたほか、弁当箱の絵柄や上履き入れの刺繍などにもチューリップが選ばれた[3]。
注釈
出典
- ^ “Tulipa in Tropicos”. 2014年10月2日閲覧。
- ^ “Ogier Ghiselin de Busbecq in Encyclopaedia Romana”. 2016年6月4日閲覧。
- ^ 中村 2007, p. 155.
- ^ 『70回 祝福の航跡 となみチューリップフェア開幕 ブルーインパルス来た!』北日本新聞 2021年4月23日1面
- ^ 「球根丸ごと菓子 人気/チューリップ産地 富山県砺波市」『日本農業新聞』2019年12月25日(16面)同日閲覧
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