クオリア
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/13 16:33 UTC 版)
関連する話題
意識メーター
クオリアの科学はどのようにすれば可能なのか。科学的方法論に基づいてクオリアを扱おうとすると出会う最大の困難は、実験で直接クオリアを測定できないことである(将来的にどうであるのかについてはクオリアに対して取る哲学的立場により帰結は異なる。物理主義的立場なら原理的には可能であろうし、二元論的立場ならその因果的な性質に応じて、可能または不可能である)。このことを「我々は意識メーター(consiousness meter)を持たない」などと比喩的に表現することもある[59]。この他者の主観的経験を観測できないという問題は、歴史的には他我問題として議論されてきた(この観測不可能性を他者の内面の不存在にまで極端化した立場は独我論と呼ばれる)。例えば、単純に観測できそうな快感の度合いすら他者には観測できない。顔を歪め息も絶え絶えに体を痙攣させている女性がいるとしよう。一見、苦痛を感じてるように見えるが、実際にはA10神経が興奮しβエンドルフィンが多量に分泌され、激しい快感を覚えていることが分かる。ここまでは分かる。しかし、その快感がどのように感じられているのかが分からないのである。実際にオーガズムを感じたことのない女性には、それがどのようなものかが分からないということはとても多い。実際に感じるしか方法がない現在、どうすればクオリアや意識を科学の表舞台に引き上げられるのか、その方法論や哲学的基礎づけに関して様々な議論がなされている。[要出典]
何がクオリアを持つのか
クオリアが存在論的な意味で何であるかとは別として、何がクオリアを持つのか、という問題がある。人間の大人は質感を持つことは一つの前提となるが、そこから距離を置いたものとしてよく議論されるのが以下の三つである。
- 赤ん坊の意識
- ヒトは精子と卵子が結合した受精卵が細胞分裂を繰り返し成長していくことで人間の形となっていく。出産後もさらに大きい変化を続けて最終的に大人となる。この間のどの段階で意識体験が現れるか、また質感・クオリアが生まれるか。はっきりとした時点は明確ではない。[要出典]
- 動物の意識(Animal consciousness)
- 系統学的にヒトに近いチンパンジーやゴリラなどの霊長類から、イヌ、ネコ、コウモリなどの哺乳類、さらにトカゲなどの爬虫類、他にもイカ、タコ、ハエ、ゴキブリ、ミミズ、ミジンコなど地球上には様々な動物がいる。これら動物の中でヒト以外でクオリアを持つ動物はいるのか、いるとしたらそれはどれか、といった議論がある[60]。一般に高い知能を持つ生物を対象にして議論が行われることが多い。ちなみにそれぞれの生物が持つ独自の知覚世界は環世界と呼ばれる。
神経学者のラマチャンドランはクオリアを持つには脳内で「感覚の表象」の表象、つまりメタ表象(Meta-representation)が実現されていることが必要であるとする。このメタ表象の機能は言語機能と密接に関わっているだろうとして、そこからクオリアを持つのはヒトのみであるだろうとする。こうした考えに対し、複雑な神経系を持つヒトのような生物だけでなく、より単純な生物まで広くクオリアが拡がっているとする考えもある。こうした立場の最たるものは一種の汎心論である。哲学者のチャーマーズは生物のみならず岩やサーモスタットといった非生命的な物質にも、より単純ではあるが何らかの意識体験があるだろうとする。
動物の意識の議論は学問的には、まず、宇宙の歴史のどの段階で意識体験が発生したか、という意識に関する歴史的な点についての問題である。ラマチャンドランのように、ヒトのような高等生物のみに質的経験があるとするならば、クオリアは宇宙の進化のある段階において、ある場所に初めて現れるものということになる。逆にチャーマーズのように汎心論的な立場を取れば、意識体験は宇宙が存在し始めた時から、ずっと存在し続けていたことになる。また動物の意識の議論は、動物倫理などの観点からも問題となる。つまり、もしある生物が痛みや苦しみを体験しているなら、そうした生き物を苦しめるべきではない、といった道徳的な議論とつながる。[要出典] - 機械の意識(Machine consciousness、人工知能、人工意識)
- 将来のコンピューターが会話を行い、センサーを通じて外部の光の波長を処理できたような場合に、その人工知能は赤さを感じることになるのか[61]。関連する思考実験として、中国脳(人工知能に主観的意識体験は宿るのか)や、サールによって提出された中国語の部屋などがある。
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