アロー戦争 脚注

アロー戦争

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/26 15:32 UTC 版)

アロー戦争(アローせんそう、: 第二次鴉片戰爭: Arrow War)は、1856年から1860年にかけて、イギリスフランス連合軍との間で起こった戦争である[1][2]。戦争の理由の一つであった、中国人による多くのイギリス人との衝突のうち、もっとも象徴的な出来事がアロー号事件であったため、日本ではアロー戦争と呼称される場合が多い。また、アヘン戦争に続きアヘンの密貿易に関連して起きた二度目の戦争であることから第二次アヘン戦争(Second Opium War)とも呼ばれる[1]。この戦争で清は再び敗北し、不平等条約である天津条約北京条約を締結させられ、アヘン輸入の合法化を強いられることになった。




注釈

  1. ^ 英軍は、士官に限り僅かに略奪に参加した。英軍士官は、英軍が設立した分捕委員会に、略奪品を納めた(競売にかけられ、123,000円の売上金は、軍に配分された)。
  2. ^ 『北京史話』によると、パリの図書館と大英博物館には、東晋顧愷之による『女史箴図』、清朝の沈源、唐岱による『円明園四十景図』などが所蔵されているという。

出典

  1. ^ a b アロー戦争とは”. コトバンク. 2022年3月12日閲覧。
  2. ^ 辞典






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