三省堂 大辞林 |
航空軍事用語辞典++ |
【零戦】
旧日本海軍零式艦上戦闘機の略称。
ゼロ(zero)は英語であり『零』という字の読みは「レイ」。
なので“零戦”と書かれている場合は「レイセン」と読む。
ウィキペディア |
零式艦上戦闘機
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/29 07:23 UTC 版)
(零戦 から転送)
零式艦上戦闘機
零式艦上戦闘機(れいしきかんじょうせんとうき)は第二次世界大戦期における大日本帝国海軍(以下、海軍と表記する)の主力艦上戦闘機。零戦(ぜろせん、れいせん。“ゼロ戦”とも)の略称で知られている(以下、零戦と表記する)。海軍の艦上戦闘機(以下、艦戦と表記する)としては実質的に最終型式で、日中戦争[1]の半ばから太平洋戦争[1]の終戦まで前線で運用された。
零戦は、大戦初期において、その長大な航続距離、重武装、優れた格闘性能により、連合国の戦闘機に対し圧倒的な勝利を収めた。このため、零戦は当時の連合国パイロットから「ゼロファイター」の名で恐れられた。しかし後継機の開発の遅れにより前線で運用され続けた結果、大戦中期以降には、大量投入された連合国側新鋭機に対する零戦の機体としての優位は失われ、日本側の熟練搭乗員の損失や物資の不足などの面からも零戦の戦闘力は劣勢に追い込まれた。大戦末期には、他の多くの日本機と同様、特別攻撃機としても使用された。
零戦の開発元は三菱重工業(以下「三菱」という)である。生産は、三菱のみならず中島飛行機でもライセンス生産され、総生産数の半数以上は中島製である。零戦は、アメリカ陸軍のP-51マスタング、ドイツ空軍のメッサーシュミットBf109、イギリス空軍のスピットファイアなどとともに、第二次世界大戦期の代表的な戦闘機として知られている。
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
- ^ a b c d 当時の日本側の呼称はそれぞれ支那事変と大東亜戦争。
- ^ 学習研究社『零式艦上戦闘機2』P.106
- ^ 「ミッドウエー海戦 戦時日誌戦闘詳報(2)」p.8「20mm機銃の携帯弾数は不足にして一銃少なくとも100発を要するものと認む」
- ^ 「ミッドウエー海戦 戦時日誌戦闘詳報(2)」p.19「20mm機銃携行弾数及弾丸威力を更に増大するの要を痛感す」
- ^ 「ミッドウエー海戦 戦時日誌戦闘詳報(2)」pp.19、49
- ^ 自動車のギヤシフトに相当する。
- ^ 他国の戦闘機よりも横、縦とも旋回性能がズームを除いて格段に優れていた。
- ^ 陸軍の一式戦闘機隼も長航続距離を持つが、実戦では零戦の方が長距離の作戦に投入されることが多かった。
- ^ a b 柳田邦男『零式戦闘機』(文藝春秋、1977年) ISBN 4-16-334100-5
- ^ アメリカ軍機には背面飛行を数秒以上行うとエンストするとの制限が飛行マニュアルにあった。
- ^ 1944年(昭和19年)頃になると中島製二一型は訓練や防空、爆撃などの任務に用いられることが多く、マリアナ沖海戦でも爆戦として投入されている。
- ^ 学習研究社『零式艦上戦闘機2』より
- ^ p.494-495, 海軍戦闘機隊史
- ^ 牧島『炎の海』111頁
- ^ 牧島『炎の海』113頁
- ^ 牧島『炎の海』116頁
- ^ 前間孝則『戦闘機屋人生』113頁
- ^ ジョン・ベダー 著\山本親雄 訳『スピットファイア』〈サンケイ新聞社出版局第二次世界大戦ブックス、1986年) ISBN 4-383-02472-6 147、150、151頁
- ^ 大日本絵画『Scale Aviation』2009年1月号 40~42頁
- ^ 搭乗員の古賀忠義一飛曹は頭部を強打して死亡していた。
- ^ 珊瑚海海戦で急降下からの引き起こしで分解する零戦をF4Fのパイロットは目撃し、零戦の急降下性能が低いことをすでに知られていた。
- ^ 武装強化や防弾装備の追加等を行ったが、その重量増加に見合う発動機出力の向上ができなかっため、最高速度や上昇力などの飛行性能を大幅に向上させることができなかった。
- ^ #暁の珊瑚海(文庫)495頁
- ^ #暁の珊瑚海(文庫)483頁
- ^ #暁の珊瑚海(文庫)484頁
- 1 零式艦上戦闘機とは
- 2 零式艦上戦闘機の概要
- 3 航法
- 4 現存する零戦
- 5 関連人物
零戦に関連した本
- 歴史通 2012年 01月号 別冊 零戦と坂井三郎 [雑誌] 野原 茂 ワック
- 祖父たちの零戦 神立 尚紀 講談社
- 海軍予備学生零戦空戦記―ある十三期予備学生の太平洋戦争 (光人社NF文庫) 土方 敏夫 光人社
零戦に関係した商品