開館後の歴史とは? わかりやすく解説

開館後の歴史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/26 09:55 UTC 版)

フォルツァ総曲輪」の記事における「開館後の歴史」の解説

「とやま賞」を受賞した無防備』(市井昌秀監督)は、全国公開先駆けて2009年6月フォルツァ総曲輪先行上映され、6月13日14日には市井監督トークイベント開催された。同年には「まちづくりとやま」が富山市短編映画温玉onたいむ』の製作を企画した富山市アマチュア劇団富山大学劇団などが出演し総曲輪中央通り商店街撮影行った後に、10月24日から10月30日までフォルツァ総曲輪上映した2010年3月14日開館3周年記念イベントでは、比較文学研究者金子幸代成瀬巳喜男作品について講演した3月6日には経済学者小倉利丸パレスチナ問題に関する作品の解説行い4月には化学海洋学者の張勁(金子小倉・張はいずれ富山大学教授)がドキュメンタリー作品解説行った桜坂劇場の「桜坂市民大学」とモデルとして、同年5月にはライブホールや会議室などを開催場所とする講座「スコーラ・フォルツァ」を開講した。「映画製作」「雑学」「教科書」「カメラ女性限定)」「食卓」「落語(子ども限定)」の6講座開講され一般市民その分野の専門家学んだ2011年の東日本大震災後には、罹災証明書提示した観客無料鑑賞できるサービス行った2012年5月26日には、『内部被ばく生き抜く』と『ミツバチ羽音地球回転』の公開合わせて鎌仲ひとみ監督トークイベント開催された。同年9月29日には『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たちの上映に合わせて監督若松孝二出演した井浦新トークイベント開催された。2013年6月8日には『千年の愉楽』(若松孝二監督の上映に合わせて出演した井浦新大西信満によるトークイベント開催された。 2014年には約400万円予算デジタルシネマ上映設備導入した2015年には塚本晋也監督の『野火』を上映し氷見市出身鎌仲ひとみ監督射水市出身市井昌秀監督などにも高く評価され俳優井浦新安藤サクラ来館した。2015年9月にはグザヴィエ・ドラン監督特集上映行い、『胸騒ぎの恋人』、『私はロランス』、『Mommy マミー』、『エレファント・ソング』、『鏡』を上映した2016年2月21日には、『ひとりひとり戦場 最後零戦パイロットの上映後に山忠之監督招いたトークイベント行った

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開館後の歴史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/08 03:26 UTC 版)

B1角座」の記事における「開館後の歴史」の解説

しかし、昔の角座復活させたいと、道頓堀2004年1月1日、旧「角座」があった「角座ビル」の地下1階飲食店跡に、小さな演芸場オープンさせた。「B1角座」という名前の由来ここからきている。客席数は150席(公称)。昼は若手からベテラン漫才師音曲漫談家落語家手品師などが出演する寄席が、夜は若手芸人出演お笑いライブが行われた。ケーブルテレビ等放送されているバラエティ番組「わらいのちから」の収録場所でもあった。 2008年4月松竹芸能は、角座ビル再開発理由に、2008年5月31日をもって閉館正式に発表した。その数年前から、角座ビル老朽化根拠に「B1角座」の早晩閉館幾度か噂にのぼっており、実際に2006年3月には夕刊フジ角座ビル全体閉鎖報じたが、その際松竹芸能側は事実反する旨の抗議及び声明行い後日夕刊フジ側は紙面訂正文を掲載した。また2007年1月には、階上にあった映画館閉鎖を受け、映画館跡を演芸場改装して移転拡大する計画が一旦発表されたが、後に映画館跡の構造上の問題判明したため、同年4月計画断念した結局2008年2月入り松竹から演芸場移転要請があったことが明らかとなり、この時点で既に松竹芸能同年5月末での閉館示唆していた。 2008年5月31日正司敏江・玲児トリ務めた昼間の寄席興行と、オールナイトイベントとして行われたライブ「ジョンメロン~最後角座に大集合~」をもって、「B1角座」は僅か4年5ヵ月歴史に幕下ろした松竹芸能2008年7月5日より「STUDIO210」(旧「通天閣歌謡劇場」)に本拠移し毎週土曜日日曜日昼夜演芸興行行ったが、ほぼ毎日興行行っていた従前比べれば実質的に縮小となってしまった。 2013年7月28日松竹芸能角座ビル跡地取得したケンズネットワークから、跡地建設され複合施設賃借する形で「松竹芸能 DAIHATSU MOVE 道頓堀角座」を開場5年2か月振り道頓堀での演芸興行復活させた。

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