観測技術の変遷
星占いや暦づくりからはじまった天体観測の歴史
天体観測の歴史は古く、人類の文化とともにはじまったといわれています。エジプトでは6,000年も前から太陽や月の動き、季節を知る暦(こよみ)があり、それらを農耕に役立てたり、国の行事を占うのに使っていました。現在でも残っているマヤ、エジプトのピラミッドや、イギリスのストーンヘンジは、当時の天体の観測台であったといわれています。このように、占いなどからはじまった天体観測も、中世の終わりになるとヨーロッパなどでは科学的な精神が強くなり、近代の天文の基礎が生まれました。
中世での天体観察の方法といろいろな観測機器
望遠鏡が発明されるまでの中世では、天文学者たちは肉眼と数種類の測定器によって星たちを観測していました。代表的なものには星の高度や方位などをはかるために使われたアストラーベをはじめ、星や惑星の位置をはかる回転儀、星と星の距離をはかる双球儀、星の位置をはかる四分儀、六分儀などがあげられますが、とくに天球儀は、星の位置を知るにはたいへん便利な道具として現在でも使われています。
最初の望遠鏡により、多くの新発見をしたガリレオ
肉眼では見ることのできない星を観察できる望遠鏡は、1608年、オランダのメガネ職人によって発明されました。その翌年、イタリアのガリレオ・ガリレイは、この道具を使って天体を観測した最初の学者になりました。望遠鏡により、月のクレーターのようすや、木星のまわりに4つの小さな衛星(ガリスト、ガニメデ、エウロパ、イオ)があることを発見したのも彼です。そのため、この衛星はガリレオ衛星とも呼ばれています。ガリレオはその後、金星の満ち欠けや太陽の黒点など、執と新しい発見をしていきました。
発明後、さまざまな改良が重ねられていった望遠鏡
望遠鏡の発明後、ドイツのヨハネス・ケプラーなどにより、望遠鏡はより質の高いものへと改良されていきました。これは「屈折望遠鏡」と呼ばれ、1枚の対物レンズともう1枚の接眼レンズからつくられていますが、1671年、イギリスのアイザック・ニュートンは、レンズではなく鏡を使った望遠鏡を発表しました。これが「反射望遠鏡」のはじまりです。この望遠鏡は、遠くの宇宙を見るため屈折望遠鏡よりも都合がいい点もあります。反射望遠鏡にはニュートン式をはじめ、クーデ式、ハーシェル式、カセグレン式などがあります。
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