大麻取締法
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大麻取締法(たいまとりしまりほう、昭和23年法律第124号、英語: Cannabis Control Law[1][2])とは、GHQの指示により制定された大麻の所持、栽培、譲渡等に関する日本の法律である。1930年(昭和5年)制定の麻薬取締規則(現・麻薬及び向精神薬取締法)以降、「麻薬」と認定して取締り対象にしていた大麻、その吸引可能部位を含む大麻草の栽培を免許制にした。
- ^ a b Masamutsu Nagahama (1968). “A review of drug abuse and counter measures in Japan since World War II”. U.N. Bulletin on Narcotics 20 (3): 19-24 .
- ^ 法務省刑事局『法律用語対訳集-英語編』(改訂版)商事法務研究会、1995年、16頁。ISBN 4785707135。
- ^ a b c d “昭和57年版 犯罪白書 第4編/第1章/第2節/1 ”. hakusyo1.moj.go.jp. 2021年4月16日閲覧。
- ^ “麻薬は免許制に”. 読売新聞: p. 2面. (1946年6月23日)
- ^ a b c 松下ら編 1999, p. 120.
- ^ カナダにおける大麻の合法化について - 在バンクーバー日本国総領事館
- ^ 園田寿 (2018年10月22日). “日本の旅行社が「カナダ・大麻体験ツアー」を企画したらどうなるのか”. Yahoo!ニュース. 2021年11月30日閲覧。
- ^ 松下ら編 1999, p. 109.
- ^ 大麻の「使用罪」創設で取り締まり強化を検討 若者にまん延で危うい現状 厚労省、有識者会議で議論開始、東京新聞、2021年1月21日、同日閲覧
- ^ 大麻取締法 新たな罰則検討へ 近く有識者会議立ち上げ 厚労省、NHK、2021年1月13日、同年1月21日閲覧
- ^ 大麻草から製造の難病治療薬が使用可能に、法改正案が判明…乱用防ぐ「使用罪」も創設、読売新聞、2023年1月25日、同年5月18日閲覧
- ^ 大麻取締法などの改正案 閣議決定 大麻草が原料の医薬品容認へ、NHK、2023年10月24日、同年11月21日閲覧
- ^ 大麻取締法及び麻薬及び向精神薬取締法の一部を改正する法律案、衆議院、2023年10月24日、同年11月21日閲覧
- ^ 大麻“使用”禁止盛り込む 改正大麻取締法 参院で可決・成立、NHK、2023年12月6日、2024年1月16日閲覧
- ^ 改正法が成立、大麻の使用が禁止に~「大麻グミ」成分も指定薬物に指定される~、自由民主党、2023年12月15日、2024年1月16日閲覧
- 1 大麻取締法とは
- 2 大麻取締法の概要
- 3 概要
- 4 戦前の規制法制定・以降の法改正
- 5 脚注
大麻取締法違反
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2009年1月30日、乾燥大麻16グラムを所持していたとして大麻取締法違反(所持)の現行犯で神奈川県警察に逮捕された。神奈川県警察が、別の大麻譲渡事件の捜査中にその事件の容疑者の勤務先である東京都港区六本木のCD販売店の事務所内を家宅捜索し、この際に居合わせた若麒麟が大麻を所持していたため、ヒップホップグループ「練マザファッカー」のリーダー・D.Oらとともに現行犯逮捕に至った。日本人力士が同法で逮捕されたのは初めてのことである。若麒麟はかねてよりヒップホップに造詣が深くミュージシャンとの親交もあり、YOU THE ROCK★(2010年に大麻取締法違反で逮捕)のブログでもしばしば取り上げられていた。 なお、2008年8月19日に当時幕内力士だった若ノ鵬が大麻所持により逮捕されたことを受け、2008年9月2日に日本相撲協会が簡易キットによる抜き打ち尿検査を行った際には、1回目の検査結果は陰性であったものの、検査結果が不鮮明だったために2度再検査を受けることになり、最終的には陰性と判定されていた。この際に、露鵬と白露山は検査に対して陽性を示したため解雇されている。 逮捕翌日の1月31日に、師匠の尾車親方が若麒麟の弁護士を通じて引退の意思を確認し、同日付で引退届を提出した。この引退届の扱いについて、日本相撲協会は一応受け取ったものの、扱いを保留とした。そして、最終的には2月2日の理事会において若麒麟の解雇、及び師匠の尾車親方の二階級降格(委員→年寄)が決定された。 日本相撲協会の寄附行為によれば解雇の場合、退職金に当たる力士養老金の受給資格があったが、2月5日に尾車親方と若麒麟の父親を通じて謝罪の手紙と共に日本相撲協会に力士養老金受け取りの辞退を申し入れた。 その後、若麒麟は2月20日に大麻取締法違反(所持)の罪で起訴された後、4月13日の初公判では起訴事実を認め、また尾車部屋でも大麻を使用したことを明らかにした。これに対して横浜地裁は4月22日、懲役10ヶ月、執行猶予3年の判決を下した。2012年、猶予期間満了。
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大麻取締法違反
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1977年9月30日、それまで実力派シンガーとして着実に人気と実績を築いていた内藤であったが、ハンドバッグの中から大麻が見つかり大麻取締法違反で逮捕(起訴猶予)され、その後芸能活動休止を余儀なくされた。 この年は、7月に岩城滉一が覚醒剤取締法違反で逮捕されたのを皮切りに、入手ルートのジャズ喫茶経営者を端緒として大麻を吸引している芸能人が芋づる式に割り出され、ジョー山中、井上陽水、桑名正博、内田裕也、研ナオコ、美川憲一、にしきのあきら、上田正樹などの歌手が次々と大麻所持で逮捕されるという一大大麻禍が発生している。この1977年に逮捕された芸能関係者は60余名を数え、マスメディアが「芸能界大麻汚染」と名づける一大スキャンダルとなった。 内藤は前日に逮捕された研ナオコの日記から犯行が露見したものであった。この時に逮捕された芸能人には、内藤より年齢やキャリアが上回る大物も少なくなかったが、逮捕時点で最も曲がヒットしていた内藤は、芸能メディアの格好の標的となった。この事件と報道による影響と活動休止は内藤のシンガーとしてのキャリアに大きな瑕となって残り、新曲についても約1年半もの空白期間が発生することとなった。
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