パズタイ事件
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/15 16:18 UTC 版)
一方、健康への影響例としてよく挙げられるものに「遺伝子組換えジャガイモを実験用のラットに食べさせたところ免疫力が低下した。」と世間に大きな衝撃を与えたレポート(パズタイ(Pusztai)事件)がある。1998年8月10日、スコットランドのアバディーン(Aberdeen)のロウェット研究所(Rowett Research Institute)のパズタイ(Arpad Pusztai)が、英国のテレビ番組で、組換えジャガイモにより、ラットに免疫低下などがみられたと公表した。論文は1999年のLancetの10月16日号まで公表されず、主張の妥当性を検証できない状態であったにもかかわらず、一部の間ではさも真実であるかのように受け取られ大騒ぎになった。しかし、公表された論文からは実験そのものがずさんであり、パズタイの主張には無理があることが判明した。使用した遺伝子組換えジャガイモが安全性が確認され商品化されているジャガイモとは全く別なレクチンという哺乳動物に対し有害な作用を持つタンパク質を作る遺伝子を組み込んだ実験用ジャガイモであり、有害な遺伝子を組み込んだ遺伝子組換え作物は有害だったと当たり前の結果が出たに過ぎない。この実験は、マツユキソウの殺虫活性のあるレクチン(GNA)を生産する組換えジャガイモ、親株のジャガイモにレクチンを注入したもの、親株(母本)のジャガイモ、を生のままものと茹でたものに分け、6頭ずつのラットに10日間与えて消化管を調べたところ、炎症や免疫の低下が組換えジャガイモを飼料としたものにみとめられたというものである。なお、レクチン(GNA)を注入されたジャガイモは、遺伝子組換えジャガイモの親株(母本)とは、かなり組成の異なるものであったという報告もある。 この実験には栄養学的な問題や検定数が少ないという問題以前に実験の設計段階での欠陥として、 レクチンの遺伝子を含まない空のベクターを用いて形質転換した、つまりレクチンを生産しない組換えジャガイモと、更にそれにレクチンを注入した2種類の対照(コントロール)がない。 注入したレクチンが複数のレクチンの混合物でないことを証明していない(組換え体は単一の遺伝子に由来するレクチンを生産しているが、実験で用いられたレクチンは単一の遺伝子産物であるという証明がなされていない)。 遺伝子組換えと関係がない、組織培養に伴う体細胞変異を考慮していない。(組織培養に伴うトランスポゾンの活性化による変異以外にも、ジャガイモのような栄養繁殖植物の場合、植物体は変異の蓄積した細胞のキメラ集団として存在していることが多い。そのため、何ら変異処理をしなくても単細胞となるプロトプラストにして植物体を再生させると様々な表現型の変異株が得られることがある。) という点が挙げられる。実験設計の不備のため、この実験によって遺伝子組換え自体によって危険性が増すという結論を導き出すことはできない。この論文に関しても、社会的な問題が大きいから論文の内容にかかわらず掲載することにしたという異例の編集者の意見が明記されて掲載された経緯がある。それには以下のように記されている。 While criticising the researchers' “sweeping conclusions about the unpredictability and safety of GM foods”, he pointed to the frustration that had dogged this entire debate: “Pusztai's work has never been submitted for peer review, much less published, and so the usual evaluation of confusing claim and counter-claim effectively cannot be made”. This problem was underlined by our reviewers, one of whom, while arguing that the data were “flawed”, also noted that, “I would like to see [this work] published in the public domain so that fellow scientists can judge for themselves… if the paper is not published, it will be claimed there is a conspiracy to suppress information”. この論文に関しては更に著者らとの異例の誌上討論が行われた。そこでは空のベクターを用いていないという指摘に対して、著者らは、 If our experiments are so poor why have they not been repeated in the past 16 months? It was not we who stopped the work on testing GM potatoes expressing GNA or other lectins or even potatoes transformed with the empty vector, which are now available. と、実験において空のベクターを用いていなかったことを明確に認めている。
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