ハイデッカーとは?

Weblio|辞書<国語辞典・国語辞書・百科事典>

初めての方へ

参加元一覧


用語解説
Weblio 辞書辞書・百科事典バスの種類ハイデッカーの解説 

三省堂 大辞林

三省堂三省堂

ハイデッカー 3

〔和 high+decker〕観光バス一種一般バスより座席が高い位置にあり、眺めがよい。


バスの種類

社団法人東京バス協会社団法人東京バス協会

ハイデッカー

ハイデッカー

一般車より高い車高デラックス客席をご提供します。フロアが高いため、床下大型トランク装備しています。
全長   約11m〜12m
全高   約3.3m〜3.8m
全幅   約2.5m
定員   40名〜60
  (内補助席8〜10席)車種バス会社により異なります
標凖装備   テレビ-VTR-カラオケ-湯沸器-冷藏庫-トランク
  一部例外があります)

ハイデッカー

ハイデッカー

一般車より高い車高でワイドビューをお楽しみいただけます。
全長   約9m
全高   3m
全幅   約2.3m〜2.5m
定員   20名〜30
  (内補助席8〜10席)車種バス会社により異なります
標凖装備   テレビ-VTR-カラオケ-湯沸器-冷藏庫-トランク
  一部例外があります)


ウィキペディア

ウィキペディアウィキペディア

ハイデッカー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2009/12/16 09:14 UTC 版)

ハイデッカー(いすゞ KL-LV781R2)

ハイデッカーhigh decker)は、景観をよくするために客室を高い位置に配置したバス鉄道車両。ハイデッキカーを短縮してこう称する。「ハイデッカー車」と呼ばれることもある。観光目的の車両・路線に用いられる。

本稿では、日本におけるバス車両のハイデッカーについて説明する。 なお、バスにおける「ハイデッカー」とは、主に客席床面にタイヤハウスの出っ張りが無い物をいう。

目次

沿革

日本のバス分野でのハイデッカーの登場は1960年昭和35年)前後に遡るとされるが、1964年(昭和39年)には三菱ふそう(ボディは三菱重工業)が観光バス向けのオプション仕様として「セミデッカー」と呼ばれる部分高床車を設定、観光車のほか高速路線車としても採用された。1976年(昭和51年)にはいすゞ自動車(ボディは川重車体工業)が全高3.3m・全室高床構造の「ハイデッカーI型」を発売、さらに翌1977年(昭和52年)には日産ディーゼル工業(ボディは富士重工業)や三菱ふそう(ボディは三菱自動車工業)がこれに追随してフルデッカー型の車体を設定したことから、急速に全室高床車が普及していくこととなった。

スーパーハイデッカー

スーパーハイデッカー(三菱ふそう KL-MS86MP)

スーパーハイデッカーは、床面をさらに嵩上げし全高を3.6m以上に引き上げ、主に眺望と床下架装スペースの拡大(主に荷物室)を両立したバスの事である。上級仕様の観光車や夜行高速路線車などに幅広く採用されている。夜行高速車の場合、床下にトイレや仮眠室を設けている。2階建てバスとハイデッカーの中間的な高さから「中二階車」と呼ばれることもあるほか、かつては「2階だけバス」と呼ばれたこともある。

スーパーハイデッカーは従来車に対して車高が高く車重が増すため、法令で定められた1軸10tまでという軸重制限から、当初は後輪を2軸にした3軸車がメインであった。しかし3軸車は一般に走行安定性は良いものの、法令で定められた全長12mまでという制限下では床下架装スペースの減少を招き、全体の車重がさらに増すなどの問題があり、その後2軸スーパーハイデッカーが開発されることとなった。当初は車高を3軸車に比べ若干下げる、補助席の定員を制限するなどの対策がされていたが、ホイールベースを調整し燃料タンクをフロントオーバーハングに移すことにより、軸重に余裕を持たせることに成功した。

沿革

スーパーハイデッカー(日産ディーゼル・スペースウイング)

日本初のスーパーハイデッカーは1977年に大阪中央交通によって輸入されたネオプランN116/3シティライナー(3軸車)といわれている。

その後、2階建てバスの2階部分の居住性の問題などから、豪華観光バスとしてスーパーハイデッカーに注目が集まることとなった。

1983年、バンホールアクロンが岐阜乗合自動車などに導入される。同車は国内初の全高3.6mの2軸スーパーハイデッカーである。

1984年に三菱自動車工業(現・三菱ふそうトラック・バス)から国産初のスーパーハイデッカーであるP-MS725S改型スーパーエアロIが登場する。エアロバスの車高を途中から上げ途中で傾斜の付いた独特の屋根形状が特徴である。さらに全体的に車高を上げたスーパーエアロIIが登場する。スーパーエアロIIは試作車にもかかわらずかなりの販売実績を残し、「ノクターン号」など夜行高速バスにも使われた。なおこのスーパーエアロは2軸車のため、軸重の関係から全高が3.5mに押さえられていた。

1984年に日産ディーゼルはK-DA50T型をモデルチェンジしP-DA66U型を発売した。3軸車のため軸重に余裕があり日本製では初めて全高3.6mを実現した。初の型式承認を受けたスーパーハイデッカーである。なおK-DA50T型は1981年に登場した日本製では初の3軸車で、ハイデッカーから約200mmほど車高をアップしており、国産スーパーハイデッカーの先駆けである。P-DA66U型は翌1985年にモデルチェンジし、P-DA67UE型となった。前輪独立懸架となり、3軸車の強みを生かして重装備に対応し、今回からスペースウイングの名称が与えられた。車体はほとんどが富士重工業製だが、一部に西日本車体工業製が存在する。

1985年3月には三菱自動車からエアロクィーンKが発売された。車体を呉羽自動車工業(現・三菱ふそうバス製造)が担当し、エアロキングと共通性が高いデザインとなった。試作車扱いだが国産初の低運転台、2軸車全高3.6mのスーパーハイデッカーである。

同年8月、日野自動車からブルーリボングランデッカーが発売される。全高3.6mの2軸車としては初の型式承認を得た車種となった。

同年10月、三菱自動車からエアロクィーンWが登場する。三菱初の型式承認を得た同車は3軸車で、シャーシはエアロキングと共通であった。

1986年にはいすゞから同社初のスーパーハイデッカーである「スーパークルーザー」が登場する。2軸車で重量に余裕を持たせるため、ホイルベースを短縮し、フロントオーバーハングに燃料タンクを設けているのが外観上の特徴である。また国際標準の10スタッドホイールが初採用となった。アイ・ケイ・コーチ(いすゞバス製造を経て現・ジェイ・バス)、富士重工業が車体を架装した。

1986年に西日本車体工業から、4メーカー全てのシャーシに対応可能なスーパーハイデッカーボディのSD-I型が登場する。ハイデッカー用シャーシに架装される関係上、軸重の関係からスーパーエアロと同じく全高を3.5mとしている。

1988年に三菱自動車からP-MS729S型エアロクィーンMが登場する。軽量ボディに高出力エンジンで、当時増えていた夜行高速バスに多く使われた。ほぼ同時期に西日本車体工業からP-MS729S型シャーシに架装した、西工初の本格的な2軸スーパーハイデッカーSD-IIが登場した。SD-II型は「ムーンライト号」など西日本で夜行高速バスに広く使われた。

観光バスの高出力化競争

1990年に日野自動車はブルーリボンRU6B系観光バスをモデルチェンジして、セレガを発売する。なめらかな曲線の前面デザイン、ヘッドライトとコーナリングランプの一体化などスタイルを一新し、観光バスに新たなイメージを作った。

またエンジンは前モデルのブルーリボン・グランデッカーが330psと出力不足であったため、特に夜行高速バス市場において、競合するエアロクィーンMに対して劣勢であった。そのためエアロクィーンMの355psを大幅に上回る370psのエンジンを採用した。これにより、夜行高速車においてもある程度、エアロクィーンMからシェアを奪った。

この後、観光バスの高出力化競争が始まり、この競争は1990年代末まで続くことになる。

関連項目





関連した本

このページへのリンク
「ハイデッカー」に関連した用語
ハイデッカーのお隣キーワード
Weblioモバイル
QRコード
URL:【http://m.weblio.jp/
ケータイでバーコードを読み取るか、URLを直接入力してアクセスして下さい。
» モバイルで「ハイデッカー」を見る

_ _   


このページの著作権について
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
三省堂三省堂
Copyright (C) 2001-2010 Sanseido Co.,Ltd. All rights reserved.
株式会社 三省堂三省堂 Web Dictionary
社団法人東京バス協会社団法人東京バス協会
Copyright (c) 2010 TOKYO BUS All rights reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのハイデッカー (改訂履歴)の記事を複製、再配布したのにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2010 Weblio RSS