RICO法 沿革

RICO法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/03/20 09:12 UTC 版)

沿革

1970年10月15日リチャード・ニクソン政権において制定された組織犯罪対策法 (Pub.L. 91-452, 84 Stat. 922, Oct 15 1970) を含めた組織犯罪取締立法の一環として、RICO法は成立した。RICO法自体は、合衆国法典第18編第9章および第96章 (18 U.S.C. § 1961-1968) に収録されている。RICO法の制定直後である1970年代は、マフィアや麻薬カルテルなどの犯罪組織が、合法的に活動する一般の個人や企業の領域に「浸透 (infiltration) 」する行為を規制し、一般の個人および企業の活動を保護することを目的としていた[4]。後に、RICO法はマフィアや違法薬物カルテルなどの犯罪組織に限らず、不法行為を行った個人や企業に対する処罰として、その適用範囲が拡大している。

アメリカ合衆国議会による調査

犯罪組織の影響

アメリカにおいて、組織犯罪の影響に関する関心が高まったのは、1950年代ごろであるとされている[5]。組織犯罪の影響への関心の高まりは、全国的に活動する犯罪シンジケートによって、地方政府の行政府の職員を腐敗させ、多くの都市をその支配下に置くという危険性が指摘されたためであったとされている[6]。また、地方警察における組織犯罪に対する対応力への懸念から、ロサンゼルスニューオリンズポートランド等の大都市の市長から、連邦政府に対して、協力を要請する動きがあったとされている[6]1950年人口3万人以上のの市長で構成される、全米市長会議 (United States Conference of Mayors) において、地域社会における犯罪組織による影響が深刻な問題となっているという報告が行われた。この報告を基に、連邦政府および州政府の司法長官から成る、全米司法長官会議 (United States Department of Justice, The Attorney General's Conference on Organized Crime) が開催され、組織犯罪への対応を準備する勧告が下された。

上院特別委員会の設置

1950年1月5日テネシー州選出のアメリカ合衆国議会上院議員であるエステス・キーフォーヴァーが、上院司法委員会に、州際通商におけるゆすり、脅迫行為を伴う犯罪行為の実態解明のための組織の設置を主張したことを契機として、アメリカ合衆国上院州際通商における組織犯罪に関する特別委員会 (Special Committee to Investigate Organized Crime in Interstate Commerce) 、通称、キーフォーヴァー委員会が設置され、組織犯罪に関する調査が行われた[5][6]。委員会は、組織犯罪 (organized crime) が、法に違反した取引を促進するため、州際通商に関する施設を利用し、または、州際通商に影響を与えているか否かについて、また、組織犯罪に利用される個人、商店、会社の主体性について調査を行った[6]1951年、キーフォーヴァー委員会は、犯罪組織と呼ばれる存在がアメリカ国内にあり、一般の個人や企業などの合法的な活動に浸透している実態を明らかにした。1957年ニューヨーク州オウェゴ郊外のアパラチンにおいて、マフィアによる秘密会議(アパラチン会議)が行われていたことが発覚し、組織犯罪に対する関心が再び高まり、連邦政府による組織犯罪に対する対策が求められるようになった。これを受けて、上院にマクレラン委員会[注釈 1]が設置され、主に、マフィア (Mafia) 、または、コーサ・ノストラ (La Cosa Nostra) と呼ばれる犯罪組織による労働組合の搾取(暴力、脅迫によって労働組合が所有する基金から、不正な利益を得るなど)の実態が解明されることになった。

大統領委員会の報告

上記の合衆国議会による調査から発展し、1965年リンドン・ジョンソン大統領は、法執行及び司法運営に関する大統領委員会 (The Commission on Law Enforcement and Administration of Justice) を設置した[7]。委員会は様々な報告を発表し、その多くは、後の組織犯罪対策立法に一定の影響を与えたと言われている[5]。この委員会報告に関して、RICO法に関係する内容は次の三点である[5]


組織犯罪 (Organized Crime) の概念の確立

大統領委員会が想定した組織犯罪の概念は、マフィアやコーサ・ノストラなどの全国的に活動する犯罪組織を中核に置いた。そのような組織は、アメリカ合衆国人民と合衆国政府の規律の外で活動する社会であり、その社会において多数の犯罪者が犯罪に組織的に関与しており、その社会を律する法は、いかなる合法的な政府のそれよりも厳格であると定義した[5]。しかし、上記のような単一の階層構造を有する結合体のみを、組織犯罪の主体として捉えてはおらず、「犯罪者集団 (criminal group) 」や「組織犯罪者集団 (organized criminal group) 」などの多様な形態をとる組織についても言及し、その危険性を考査している[8]

組織犯罪の活動とその危険性

大統領委員会は、組織犯罪の活動は、伝統的な資金獲得の手段とされている賭博、高利貸し、麻薬売買、売春の斡旋が中心的なものであると想定しながら、合法的な事業への浸透、労働組合の搾取、公務員などの政府の活動への介入などの新しい犯罪組織の活動が、社会の脅威になりつつあることを指摘した[8]。また、組織犯罪の性格は、暴力、強要、脱税などの違法な手段を以って、一般の個人や企業による合法的な事業に浸透し、違法な利益を享受することを目的としている、と定義付けた。さらに、このような犯罪組織は、利益を永続的なものとするために、公務員などの政府の活動に介入し、その機能を腐敗させる危険性があることを強調した。このことは、後のRICO法の法案制定の原動力となったとされている[8]

大統領委員会勧告

大統領委員会の勧告の多くが、1970年の組織犯罪規制法に取り入れられたが、RICO法に対しては、直接言及された例はないとされている[8]。間接的な例としては、組織犯罪対策における証拠収集機能の強化のため、特別大陪審 (special grand jury)[注釈 2]を設ける措置などが挙げられる。委員会は、犯罪組織による一般の社会活動への浸透に対する対策として、政府による法執行機能だけに限らず、政府の様々な規制手段を用いるべきである主張した。その具体例として、民事法による犯罪組織の処罰が検討された。これは、刑事法において、被告人を有罪とするために厳格に要求される「合理的な疑いを超える (beyond the reasonable doubt) 」挙証責任よりも、被告を有罪とするに当たって、比較的緩やかな証明基準である民事法の「証拠の優越 (preponderance of evidence) 」を活用することによって、犯罪組織に効果的な規制を与えることができるという理由のためであったとされている。そのため、RICO法は、犯罪者に対して、刑事責任を課すほかに、民事責任を課している。また、特異な規定として、RICO法の民事訴訟規定は、反トラスト法に共通する懲罰的損害賠償規定(三倍損害賠償規定)を設けている。


注釈

  1. ^ アメリカ合衆国上院の司法委員会における常設分科委員会の1つであり、組織犯罪及び麻薬流通の実態解明を目的としている。1963年のバラキ公聴会によってマフィアの実態が明らかになったことでも知られる。
  2. ^ 合衆国法典第18編第216章第3331条から第3334条 (18 U.S.C §3331-§3334) に規定された特別大陪審を指し、組織薬物犯罪や政府機関による腐敗犯罪などの組織犯罪 (organized crime) の起訴について決定を行う。
  3. ^ アメリカ独立戦争以後、十三の植民地(邦)連合規約に基づく、各「邦」が課税権や各邦間における通商規制権を有するなどの「邦」の独自性、地方分権の性格を有する「アメリカ連合 (Confederation) 」を発展させ、アメリカ合衆国を建国した。合衆国(連邦)政府の権限は、邦(州)を統一するにあたり、各邦が有する権限を連邦政府に委任する形を採用した。また、アメリカ合衆国憲法修正第10条の規定により、憲法によって連邦に委任された権限、または、連邦政府によって州政府が行使することを特に禁じた権限を除き、州政府の権限が留保されると定められていた。この州に留保された権限は、連邦政府の権限に抵触しない限り、連邦政府の権限と州政府の権限は両立し得る。この意味において、アメリカにおける連邦政府と州政府の関係は、連邦および州間、または各州間において、それぞれが独立した存在である。この連邦政府と州政府の二元的権力構造において、両者の権能は国民の福利増進のための相互補完的なものとされていた。しかし、連邦行政府の伸展に伴い、連邦政府の権限を如何に州政府に及ぼし得るか、また、その限界はどのように規定すべきかという問題が生じた。Gibbons v. Ogden事件以降の数多くの裁判によって、アメリカ合衆国憲法第1条第8節第3項の「州際通商条項 (interstate commerce clause) 」および第1条第8節第18項の「必要かつ適切条項 (necessary and proper clause) 」の解釈によって、連邦政府は、複数の州にまたがる移動、交易、通航などを含めた交流 (intercourse)、「州際通商」に影響を与える行為に関して、その権限を行使することができるという原則が確立された。ただし、アメリカ国内における経済活動は、一見すると特定の地域に限定される性質を有していたとしても、判例によると、州際通商に影響を与えると解釈されている。そのため、「州際通商において」という制約は、考慮に入れる必要はない。
  4. ^ 「犯罪組織」「団体」と訳する場合もあるが、条文上、個人を含有する語句であるため、研究者によっては、「業体」と訳することがある。本文ではカタカナ表記とした。
  5. ^ 文献上、および、実務上における呼称。

出典

  1. ^ 'Chapter 95 Racketeering' , US Code - Chapter 95。コーネル大学。
  2. ^ 'Racketeer Influenced and Corrupt Organizations, US Code - Chapter 96。コーネル大学。
  3. ^ 18 U.S.C. § 2332b : US Code - Section 2332B: Acts of terrorism transcending national boundaries、コーネル大学
  4. ^ Gerard. E. Lynch. 高木勇人(訳) 久山立能(訳) 「RICO法」 p.53
  5. ^ a b c d e 増田 生成. 「米国連邦RICO法(1) その制定経過と主要な改正」 p.8
  6. ^ a b c d アメリカ国立公文書記録管理局 The Center for Legisrative Archives, Senate Guide, Guide to Senate Records: Chapter 18 1946-1968 18.133-18.144 (英語) 2012年10月5日閲覧
  7. ^ LYNDON B. JOHNSON: 102-Special Message to the Congress on Law Enforcement and the Administration of Justice (The American Presidency Project) (英語) 2012年10月5日閲覧
  8. ^ a b c d 増田 生成. 「米国連邦RICO法(1) その制定経過と主要な改正」 p.9
  9. ^ a b c d e f Gerard. E. Lynch. 高木勇人(訳) 久山立能(訳) 「RICO法」 p.54
  10. ^ 合衆国法典『18 Crimes and Criminal Procedure, Part 1, Chapter 96, Section 1961 "Definitions"』(第18編第1部第96章第1961条「ラケッティアリング活動の定義」)、Find Law(英語版)。
  11. ^ a b Cornell University Law School Legal Information Institute (LII), 18 USC § 1961 - Definitions (英語) 2012年10月5日閲覧
  12. ^ Gerard. E. Lynch. 高木勇人(訳) 久山立能(訳) 「RICO法」 p.55
  13. ^ Open Jurist 632 F. 2d 896 United States v. Turkette (英語) 2012年10月5日閲覧
  14. ^ 増田生成. 「米国連邦RICO法(2) その制定経過と主要な改正」 p.7
  15. ^ The OYEZ Project at IIT Chicago-Kent College of Law (OYEZ), NATIONAL ORGANIZATION FOR WOMEN (NOW) v. SCHEIDLER (英語) 2012年10月5日
  16. ^ Gerard. E. Lynch. 高木勇人(訳) 久山立能(訳) 「RICO法」 p.56
  17. ^ Cornell University Law School Legal Information Institute (LII), H.J. INC., et al., etc., Petitioners v. NORTHWESTERN BELL TELEPHONE COMPANY et al.) (英語) 2012年10月5日閲覧
  18. ^ Gerard. E. Lynch. 高木勇人(訳) 久山立能 「RICO法」 p.57
  19. ^ a b Cornell University Law School Legal Information Institute (LII), Bob REVES, et al., Petitioners v. ERNST & YOUNG. (英語) 2012年10月5日閲覧
  20. ^ 増田生成. 「米国連邦RICO法(2) その制定経過と主要な改正」 p.9
  21. ^ Cornell University Law School Legal Information Institute (LII), U.S.Constitution ARTICLE 3 (英語) 2012年10月5日閲覧
  22. ^ Gerard. E. Lynch. 高木勇人(訳) 久山立能(訳) 「RICO法」 p.58
  23. ^ Cornell University Law School Legal Information Institute (LII), 18 USC § 1968 - Civil investigative demand (英語) 2012年10月5日閲覧
  24. ^ 増田生成. 「米国連邦RICO法(2) その制定経過と主要な改正」 p.24
  25. ^ Cornel University Law School, Legal Information Institute (LII), 18 USC §1964 - Civil remedies (英語) 2012年10月5日閲覧
  26. ^ a b c d 増田生成. 「米国連邦RICO法(2) その制定経過と主要な改正」 p.26
  27. ^ a b c d e 増田生成. 「米国連邦RICO法(2) その制定経過と主要な改正」 p.27
  28. ^ Cornel University Law School, Legal Information Institute (LII), TREBLE DAMAGES (英語) 2012年10月5日閲覧
  29. ^ 増田生成. 「米国連邦RICO法(2) その制定経過と主要な改正」 p.29





英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「RICO法」の関連用語

RICO法のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



RICO法のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのRICO法 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS