鈴木トオル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/16 06:22 UTC 版)
略歴
千沢仁、チープ広石(広石正宏)、山本はるきち(山本治彦)と共に、バンドLOOKを結成、メイン・ボーカルとギターを担当。
1985年4月21日、シングル「シャイニン・オン 君が哀しい」でメジャー・デビュー。同曲は協和発酵『サントネージュワイン』のCMソングとしてもオンエアされ、20万枚のヒット。以後もヒット曲を連発。1988年12月25日の渋谷公会堂公演を最後に、12月31日脱退。
1989年より、鈴木トオル名義でのソロ活動開始。シングル「夜を泳いで」でソロデビュー。現在は髙橋真梨子の所属事務所であるTHE MUSIXに所属、髙橋の夫であるヘンリー広瀬をプロデューサーに迎え、CDリリース及びライブ活動などを行っている。
逸話
実家が商家であり、小さい頃はいくら泣き叫んでも親が構ってくれないような忙しさという家柄であった。そのため幼稚園児の頃には既に声が潰れ、その後の変声期が無かったという[1]。現在もそのハイトーンは健在である[1]。
中学生の頃からギター少年であり、最初はレッド・ツェッペリンのコピーバンドで活動していた[1]。高校1年生の時に友人らと組んでいたバンドで出場したコンテストでグランプリを受賞、その時から地元・静岡では有名な存在であった[1]。
その後「カシミール」というスリーピースバンドで活動。米軍キャンプ回りで活動するほか、日本でもライブハウスなどで活動していた[1]。しかし、米軍キャンプと日本のライブハウスとの温度差を感じるようになって、一旦音楽活動から身を退く。
LOOKのメンバーとして一緒になる千沢仁と出会うまでの間は、模型飛行機関係の仕事に就いていた[1]。LOOKには元々はボーカルでなく、演奏での予定で加入したが、千沢仁の曲が高くて誰も歌えず試しに歌ったところ、見事に高音のキーが合い急遽ボーカルに転向しデビューした[1]。
原曲の洋邦新旧男女を問わず歌いこなすカバー曲でCMソング等に起用される事も多い。グルメ・自動車などを筆頭に多くの趣味をもち、料理人・文化人などとの交流、セッションも多い。
出演番組
- 鈴木トオルMUSIC FACTORY(TBSラジオ)
- ^ a b c d e f g 『昭和40年男』2017年2月号(クレタパブリッシング)126 - 129ページ 鈴木トオルインタビューより。
- ^ バッドフィンガーの曲を日本語でカバー。
- ^ チューリップの同名曲のカバー。
- ^ 中森明菜の同名曲のカバー。
- ^ 山口百恵の同名曲のカヴァー。
- ^ “リバティ・僕は君を自由へ誘う”. ORICON. 2020年10月31日閲覧。
- ^ “Too Much Lover”. ORICON. 2020年10月31日閲覧。
- ^ “Without You”. ORICON. 2020年10月31日閲覧。
- ^ “スローモーション”. ORICON. 2020年10月31日閲覧。
- ^ “毎日が夏休み”. allcinema. 2020年10月31日閲覧。
- ^ “時間のない街”. ORICON. 2020年10月31日閲覧。
- ^ “みちのく温泉逃避行”. テレビドラマデータベース. 2020年10月31日閲覧。
- ^ “祈り”. ORICON. 2020年10月31日閲覧。
- ^ “THE END OF THE WORLD”. ORICON. 2020年10月31日閲覧。
- ^ “rule”. ORICON. 2020年10月31日閲覧。
固有名詞の分類
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