郷学 明治初年の郷学校

郷学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/05 01:39 UTC 版)

明治初年の郷学校

「郷学」と総称される学校は、江戸時代から明治初年までの全期間に全国で1000余校あったとされる[1]が、その多くは明治初年の成立である[1]

明治維新後、府県や諸藩はそれぞれの方針で小学校・郷学校の整備を進めた[12]。当時「小学」「小学校」といった名称は民衆になじみが薄く、士族向けの学校と見なされたことから[12]、「郷学校」「郷学所」「啓蒙所」「教導所」などの名称が用いられた[12]。郷学校は主として地方住民の有志によって設立・維持された学校であり[12]、その経営形態からも、近代の小学校の前身と見なされうる[7][12]

1872年(明治5年)の学制発布により、多くの郷学校は公教育の中の小学校へと転換していった。

各府県・諸藩の郷学校

京都の小学校(番組小学校)

1869年(明治2年)に京都の町衆によって設立された小学校(京都小学校[6]、あるいは番組小学校と総称される)は、民間主導の郷学校[1][6]と見なされ得るもので、1872年の学制公布に先立ち設立された小学校としてその時期の早いこと、また学区制によって組織的に設立されたことからも著名なものである[12]京都府は新たな町組(番組)を設け、1868年(明治元年)10月に小学校設置の趣旨を諭達。その後小学校の諸規則も定められ、学制以前に64校の小学校が設立された。京都の小学校は、地域の集会所や大人の教諭所などを兼ねる役割を持っていた[12]

神奈川県の郷学校

神奈川県は1871年(明治4年)8月、郷村の組合(寄場組合)を単位として全県を27に分け、各地区に郷学校を設立する計画を示した[7]。計画によれば、各村に学校世話役人を置いて学校運営にあたらせ、学校の運営費用は学童の有無にかかわらず各戸に割り当てるというものであった[7]。就学期間や教科、教授内容も示された[7]

名古屋県の義校

名古屋藩は明治維新後、藩校明倫堂を改革して「小学」を設け、庶民にも門戸を開こうとした[12]。しかし、士族と庶民の間の意識の隔たりもあり、結局は士族子弟の学校となった[12]。廃藩置県により名古屋県となった後の1871年(明治4年)9月、県は一般庶民の学校として民間有志による「義校」の設置を奨励した[12]。1871年(明治4年)10月、最初の義校として第一義校(のち菅原尋常小学校名古屋市立名城小学校などを経て、現在の名古屋市立丸の内小学校)が設立された[12]

隣接する額田県でも「郷学校」設立が奨励され、1872年(明治5年)に名古屋県・額田県が合併して愛知県が成立すると、旧額田県域の「郷学校」も「義校」に改称した。愛知県が学制に基づく「小学校」の設置に乗り出した1873(明治6年)5月時点で、400校を越える義校が存在していた。

なお、岐阜県でも「義校」が設立された。

堺県の郷学校

堺県では強力な行政指導によって郷学校が設立されたことが特徴とされる[13]。なお、堺の市内(堺市九間町の天神社内)には江戸時代より「郷学所」があったが、明治初年には「堺郷学校」への改名を経て「県学」と格上げされ、英語を教える中等教育機関と位置づけられた[14]

1872年(明治5年)年2月、堺県は県域の河内国(河州)を29区、和泉国(泉州)を25区に分ける区制[注釈 3]を導入[13]。1872年(明治5年)年3月、県は寺子屋・私塾の廃止を指示、その師匠を吸収し[13]、各区に1校の郷学校(必要に応じて分校)を設置することが指示された[13]

1873年(明治6年)4月13日、堺県で学制が施行され、従来の「郷学校」は「小学校」に再編された[13]。この際、小学校名は通し番号が採用された[13]

民衆運動としての郷学校

1871年(明治4年)、武蔵国南多摩郡小野路村(現在の東京都町田市)に、周辺諸村の有力者たちの決議によって小野郷学が開設された[5]。民衆運動としての着目からは、多くの自由民権運動の地域指導者を輩出したことで知られる[5]。小野郷学は1873年(明治6年)、学制による小学校設置に向け、合議によって解体された[5]

明治初年の主な郷学校

群馬県
埼玉県

参照:[23]

東京都
神奈川県
岐阜県
静岡県
  • 山名郡第44区郷学所(鎌田学校) ⇒ 磐田市立東部小学校
  • 用行義塾(袋井市) - 1872年設立 ⇒ 袋井市立袋井東小学校
愛知県
三重県
京都府
大阪府
兵庫県
広島県
  • 福山領の啓蒙所(約160校)
徳島県

注釈

  1. ^ ほかに郷黌(ごうこう)[1][3]、郷学所[1][3]などともいう。明治初期には義校[1]などの名称も用いられた。
  2. ^ 1872年(明治5年)の学制では学区制が敷かれ、初等教育機関として尋常小学校(下等4年、上等4年)や女児小学・村落小学など(4年制)が規定された。その後1879年(明治12年)の教育令では学区制を廃止した上で教育権限の多くを地方に移し、小学校は初等科3年・中等科3年・高等科2年と規定された。1886年(明治19年)の第一次小学校令学校令のひとつ)により尋常小学校(4年制・義務教育)と高等小学校(4年制)が設けられた(旧制小学校)。日本の学校制度の変遷も参照。
  3. ^ 戸籍編成上の行政区画。大区小区制のバリエーションで「単一区制」と言われる。明治7年以降堺県でも大区小区制に移行した。

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 木槻哲夫. “郷学”. 日本大百科全書(ニッポニカ)(コトバンク所収). 2019年8月6日閲覧。
  2. ^ a b c d 郷学”. ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典(コトバンク所収). 2019年8月6日閲覧。
  3. ^ a b c d e f 郷学”. 世界大百科事典 第2版(コトバンク所収). 2019年9月4日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i 太田素子「〈研究ノート〉郷学「継声館」の足跡と『継声館日記』の人々」『和光大学現代人間学部紀要』第3巻、2010年、2023年5月24日閲覧 
  5. ^ a b c d e f g h i j 森田智幸 (2011). “『日本教育史資料』における「郷学」概念の成立と変容”. 東京大学大学院教育学研究科紀要 51. https://hdl.handle.net/2261/51349 2019年8月6日閲覧。. 
  6. ^ a b c d e f g h i 稲垣忠彦 (2003). “郷学校の発展と学習内容”. 帝京大学文学部紀要教育学 28. https://hdl.handle.net/10682/461 2019年8月6日閲覧。. 
  7. ^ a b c d e f g h i 幕末期の教育”. 学制百年史. 文部科学省. 2019年8月6日閲覧。
  8. ^ a b c d e 木槻哲夫. “教諭所”. 日本大百科全書(ニッポニカ)(コトバンク所収). 2019年9月4日閲覧。
  9. ^ 教諭所”. デジタル大辞泉. 2019年9月4日閲覧。
  10. ^ a b 郷学五惇堂の碑”. 伊勢崎市. 2019年8月20日閲覧。
  11. ^ 含翠堂跡”. 大阪市. 2019年9月4日閲覧。
  12. ^ a b c d e f g h i j k 明治維新直後の教育改革”. 学制百年史. 文部科学省. 2019年8月6日閲覧。
  13. ^ a b c d e f g h i j k l 第二章 歴史年表その2(明治・大正)”. 殿二校区コミュニティ協議会. 2019年11月20日閲覧。
  14. ^ 戸祭由美夫「堺市における通学域の変遷」『人文地理』第28巻第4号、1976年、2023年5月24日閲覧 
  15. ^ 高砂小学校の歴史”. さいたま市立高砂小学校. 2019年9月4日閲覧。
  16. ^ 学校案内”. さいたま市立岩槻小学校. 2019年9月4日閲覧。
  17. ^ 蕨市立北小学校の沿革”. 蕨市立北小学校. 2019年9月4日閲覧。
  18. ^ 学校の概要”. 坂戸市立大家小学校. 2019年9月4日閲覧。
  19. ^ ぐるーぷ倶楽志in飯能 第7号” (pdf). ぐるーぷ倶楽志in飯能 (2010年1月20日). 2019年9月4日閲覧。
  20. ^ 田中三興”. デジタル版 日本人名大辞典+Plus(コトバンク収録). 2019年9月4日閲覧。
  21. ^ 学校の沿革”. 狭山市立水富小学校. 2019年9月4日閲覧。
  22. ^ 清水宗徳” (pdf). 狭山市. 2019年9月4日閲覧。
  23. ^ 埼玉県教育史 第3巻 目次”. 埼玉県. 2019年9月4日閲覧。
  24. ^ a b c d e No.22 稲城第一小学校創立140周年記念式典に出席して”. 稲城市 (2013年8月13日). 2019年9月4日閲覧。
  25. ^ a b 立川市の歴史(1800年代から1924年まで)”. 立川市. 2019年9月4日閲覧。
  26. ^ 大正寺(たいしょうじ)と布田郷(ふだごう)学校”. 調布市. 2019年9月4日閲覧。
  27. ^ 学校の歴史”. 枚方市立津田小学校. 2019年11月20日閲覧。
  28. ^ 門真小学校の歴史”. 門真市立門真小学校. 2019年11月20日閲覧。
  29. ^ 学校の歴史”. 守口市立守口小学校. 2019年11月20日閲覧。
  30. ^ 学校の略歴”. 岸和田市立春木小学校. 2019年9月4日閲覧。


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