辰馬本家酒造 辰馬家の歩み

辰馬本家酒造

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/04 22:31 UTC 版)

辰馬家の歩み

13代辰馬吉左衛門

当主は代々「辰屋吉左衛門(のち辰馬吉左衛門)」を名乗る。7代辰馬吉左衛門の時代(18世紀末)に酒業栄え、その後西宮有数の酒造家に発展。安政2年(1855年)に10代辰馬吉左衛門が急逝し、11代辰馬吉左衛門が家督を継ぐも若年のため、10代吉左衛門未亡人の辰馬きよ(1809 - 1901)が、番頭の辰栄之介とともに切り盛りする[10]。この時期に酒業ますます栄え、明治初頭に4000石だった生産高を20年ほどで約4倍に伸ばし、江戸積樽廻船の運航、宮水の販売など、経営も多角化する[10]

この時期分家も進み、北辰馬家、南辰馬家、松辰馬家、柳辰馬家などが生まれた。北辰馬家は、10代辰馬吉左衛門の三女の婿である辰馬悦蔵が興し、白鷹 (企業)として存続する[10]。南辰馬家は10代吉左衛門の四男である辰馬喜十郎(日本摂酒株式会社社長)が興し(1943年に本家と合併)、洋館「旧辰馬喜十郎住宅」で知られる[10][13]。11代吉左衛門の娘が興した松辰馬家、南辰馬家初代の養女・潤(子爵大久保教尚の叔母)の婿・辰馬勇次郎が興した柳辰馬家はのちに本家と合併した[14]。勇次郎は辰馬汽船合資会社社長などを務めた[7]。10代吉左衛門の三男の辰屋鹿蔵は、中島家(尾張藩の飛び地門戸村の代官)に養子に入って中島成教となり、明治維新後に実家の辰馬本家と共同で神戸でマッチ工場を経営した[10]

11代辰馬吉左衛門には子がなく、妻の辰馬たきが12代当主を務めた[7]13代辰馬吉左衛門(1868 - 1943)は分家の北辰馬家の辰馬悦蔵の長男で、明治16年(1883年)16歳で辰馬本家の養子となり、1897年に家督を相続、酒造経営の近代化と合理化に努めた[12]。汽船部を設立し、第1次世界大戦により好景気となり、教育事業も始めた[15]。妻は松平直致の四女。13代の姪の婿である山県勝見は、辰馬海上火災保険社長、辰馬汽船社長を経て参議院議員となり、吉田内閣国務大臣厚生大臣を歴任した。

戦後の社長を務めた辰馬力(1896 - 1981)は南辰馬家初代の養子・辰馬利一(恵美酒銀行頭取、日本摂酒社長)と妻のあい(児島惟謙の娘)の長男で、戦前より社長を務めていた実家の日本摂酒が辰馬本家と合併したことにより社長となった[16][17]。妻は若尾璋八、毛利忠三(毛利元亮の子)の娘、弟・俊夫の岳父に平賀譲がいる。

その後継社長で14代当主の辰馬吉男(1906 - ?)は13代辰馬吉左衛門の長男。山口吉郎兵衛の長女を妻とし、15代当主となる長男・辰馬章夫(1941 -)をもうける。章夫は慶応義塾大学法学部法律学科卒業後、朝日麦酒を経て昭和43年(1968年)に辰馬本家酒造に入社し、昭和56年(1981年)代表取締役社長に就任、全国各地に「白鹿会」結成し、白鹿記念酒造博物館を開館するなどし、平成18年(2006年)から代表取締役会長、平成25年(2013年)からは取締役相談役を務める[15][18]。妻は野田醤油(現・キッコーマン)の高梨兵左衛門(小一郎)の娘、辰馬本家酒造現会長の辰馬健仁は章夫夫妻の次男。四男の辰馬伸介は、ホテルヒューイット甲子園を経営するロテルド甲子園株式会社代表取締役[19][20]。14代目吉男の次女は星島二郎の甥・星島和一郎に嫁いだ。平成18年(2006年)、辰馬章夫社長が代表取締役会長に就任し、新代表取締役社長に辰馬健仁が就任。令和2年(2020年)、会長兼社長の辰馬健仁が代表権のない会長になり、辰馬清が社長に昇格した。


  1. ^ 松本 1971, pp. 1-90 (0006.jp2), 「辰馬海運百五十年経営史--資料編」
  2. ^ 松本 1971, pp. 14-15 (0013.jp2), 「五、辰馬酒造高(西宮)統計」
  3. ^ 松本 1971, pp. 26-29 (0019.jp2), 「十、辰馬汽船の船長片影」
  4. ^ メンバー会社一覧 - みどり会
  5. ^ 白鹿の歩み 銘酒「白鹿」の由来”. 辰馬本家酒造. 2024年1月4日閲覧。
  6. ^ 松本 1971, pp. 6-12 (0009.jp2), 「二、樽廻船名前帳(西宮辰吉左衛門所有船を含む 喜悦丸、辰悦丸、辰吉丸、辰力丸、辰寿丸、辰栄丸等)」
  7. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac 大島 朋剛「灘酒造家による事業の多角化と資産管理-辰馬本家を事例として」(pdf)『企業家研究』第7号、2010年10月。 
  8. ^ 松本 1971, pp. 3-5 (0007.jp2), 「一、辰馬与左衛門(鳴尾)辰栄丸、天保九・十一年勘定帳 」
  9. ^ 松本 1971, pp. 13-14 (0012.jp2), 「四、明治元年辰馬酒株明細」
  10. ^ a b c d e f g 尾﨑耕司「歴史にみる西宮・阪神―近代黎明期をめぐって」『『歴史と文化の旅』』(pdf)〈大手前大学公開講座 (平成23年度)〉、70頁http://library.otemae.ac.jp/document/publication/extension2011.pdf 
  11. ^ a b c 財団の沿革一般財団法人 山縣記念財団
  12. ^ a b 辰馬吉左衛門(13代)(読み)たつうま・きちざえもん『コトバンク』
  13. ^ 第4章/国民生活安定の支えとなればよし”. 白雪の明治・大正・昭和. 小西酒造. 2022年8月18日閲覧。
  14. ^ 森川英正『地方財閥』日本経済新聞社、1985年、162頁。 
  15. ^ a b 吉村博臣「辰馬本家酒造」『日本釀造協會雜誌』第82巻第4号、日本醸造協会、1987年、282頁、doi:10.6013/jbrewsocjapan1915.82.282 
  16. ^ 赤城徳彦系図近現代・系図ワールド
  17. ^ 大正人名辞典 1917, p. 641
  18. ^ 平成27年度西宮市民文化賞受賞者紹介(辰馬章夫さん)西宮市役所、2015年12月28日
  19. ^ 岩本大輝「創業350年の生活創造型企業が地域活性化のために下した決断生活創造型企業としての思いを共有できるパートナーと手を組み、地域の活性化に取り組む」(pdf)『Hoteres』2012年11月21日、110頁。 
  20. ^ 企業情報 ホテルヒューイット甲子園


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