軍用手票 軍用手票の概要

軍用手票

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/30 17:40 UTC 版)

連合国軍がフランスで使用した500フラン軍用手票 (1944年)

概要

軍隊は食料などの物資を現地調達する。それは一方的な物資徴発、ともすれば略奪であった。しかし、そのようなやり方は外聞が悪く、徴発相手の反感を招く。そのため近代以降の戦争では各国軍隊が軍票によって物資を購入するという形を採るようになった。このような軍票を初めて発行したのが英仏戦争時のイギリス1815年のことであった[4]。その後紙幣のようなものに進化した。1907年に締結されたハーグ陸戦条約で、条約締結国は戦時下の占領地で徴発する行為が禁止され、同条約第52条に「現品を供給させる場合には、住民に対して即金を支払わなければならない、それが出来ない場合には領収書を発行して速やかに支払いを履行すること」とされ、現金もしくは軍票で代償を支払うこととされた[5]

このように軍隊が所属する国家の通貨制度とは分離して軍票を使用する制度を用いるのは、金本位制の下で兌換通貨たる法貨を一度に大量に流通させると通貨供給量が激増し、結果的にインフレーションで経済破綻する恐れがあるためであり、臨時通貨として信用を本位金にではなく発行体(国庫)に紐づけすることで事実上の信用通貨(手形)としてこれを抑止すること、また敵国に大量に略奪された際にただちに切り替えが可能であるなど、戦略面からの要請があるためである。また発行体の保証する事実上の手形であるため、発行体が現有する手持の貴金属による支払いに拘束されることがなく、実際の経済力以上の物資の徴発も可能でもある。また西南戦争時の西郷札のように反政府軍が勝手に印刷[注釈 1]し流通させたものや、沖縄県の久米島を占領したアメリカ軍の一部隊が軍中枢の許諾なしに謄写版で印刷し勝手に発行した久米島紙幣もある[6]

以上のように、軍票は通貨のような体裁と流通機能を有しているが、最終的には相手国政府当局に提出して現金化もしくは貴金属による交換をする事が必要である。ただし、軍票を法定通貨として流通させることもある。一例として、太平洋戦争中に香港を占領した日本軍は、軍票を発行し通貨として流通させていたが、1943年6月には軍票を唯一の通貨と定め、軍票以外の流通を禁止し、所有している香港ドルは軍票と交換させ、違反者には厳罰を課した[7]。また太平洋戦争終結後日本を占領した米軍は、B記号軍票を日本本土や琉球諸島で使用した[8]。このとき大蔵省は省令により、米軍軍票を日本の法定通貨とし公私一切の取引に無制限に通用するものとした[9]

日本軍用手票の性格

岩武照彦(1980)[3]は、以下の様に分析している。

軍票の性格について、有賀長雄は徴発証券説をとり、軍票は貨幣ではなく徴発物件および労力に対して国際法規に基づき占領軍の公布する証券であるとの説を採る[10]。これはハーグ条約附属陸戦法規規則52条3項に根拠をもとめているが、軍票は同規定にいう現金ないし現地通貨ではないが、定額証券なので「受取証」とは言い得ない。森武雄(元陸軍主計中将)は「軍票なる特殊の貨幣代用券」とし[11]、津下剛は日清日露戦争時の軍用手票について「日本政府が満州の占領地に於いて発行した紙幣」と規定する[12]。大蔵省理財局は軍票の法律的性質を次のように説明している[13]

  1. 法律ノ根拠ニ基クモノニ非ズ且法律上ノ強制通用力ヲ有セザルヲ以テ厳格ナル意義ニ於ケル通貨ニハ非ザルモ
  2. 無期間、無利子、無記名ノ定額証券ニシテ債務者ガ之ニ依ル支払ヲ受諾スル限リ有効ナル弁済ヲ為シ得ルモノナルヲ以テ
  3. 専ラ国外ノ派遣地ニ於ケル軍費支払ノ便ニ供セラレ且法律上ノ強制通用力ヲ有セザル政府発行ノ兌換紙幣ニ準ズル性質ヲ有スルモノト謂フコトヲ得ベシ

華中で一般通貨として使用されつつあったことに関しては以下のようにしている[14]

  1. 現ニ事実上一般通貨トシテ流通スル以上之ニ依リ軍費支払ノ円滑ヲ期シ得、従テ軍費支払ノ便ニ供スルト謂フ軍用手票発行ノ本来ノ目的ヲ達シ得ルモノト謂フベク決シテ其ノ本質ニ反スルモノニ非ズ

各国の軍票

1ドル軍用手票 (1970 - 1973)

第二次世界大戦中には連合国側も発行していたほか、第二次世界大戦後もアメリカ合衆国が世界各地の米軍基地の兵士の給料として米ドル建ての軍票を、1970年代ごろまで支給し使用していた。またベトナム戦争に派遣された韓国陸軍もベトナムで使用する軍票を発行していたほか、イギリス軍も世界各国の基地内で使用する軍票を発行していたこともある。

第二次世界大戦中のアメリカではAllied Military Currencyという軍用手票が発行されていた。第二次世界大戦後からベトナム戦争の終わりまでMilitary Payment Certificate(略称MPC)という米ドル立て軍用手票が発行されベトナムで流通していた。同じくベトナム戦争に派遣された韓国軍も同様の軍票(アメリカ・ドル建)を使用していた。

1990年代になるとアメリカ軍は紙の軍用手票の発行を辞めプリペイドカード方式へと移行した。


注釈

  1. ^ 西郷隆盛率いる薩軍が使用した。そのため政府から補償されず没収された。

出典

  1. ^ 岩尾真宏、山口博敬「政府紙幣浮上の怪――自民内に構想」『朝日新聞』2009年2月3日付朝刊、第13版、第7面。
  2. ^ 広辞苑第6版「軍票」の説明
  3. ^ a b 岩武照彦、「日本軍票の貨幣史的考察」『アジア研究』 1980年 27巻 1号 p.61-82, doi:10.11479/asianstudies.27.1_61, NAID 130004689372
  4. ^ 石原幸一郎編纂「日本紙幣収集事典」、原点社、2005年、294頁
  5. ^ 石原幸一郎、前掲書、295頁
  6. ^ 石原幸一郎、前掲書、226頁
  7. ^ 小林英夫「日本軍政下のアジア」、岩波書店、1993年、P155,156
  8. ^ 外務省公開文書 リール番号A'0115 コマ番号211 SCAPIN-8,21
  9. ^ 昭和20年大蔵省令第79号 聯合國占領軍の發行する「ビー」號圓表示補助通貨の件
  10. ^ 有賀長尾「日露陸戦国際法論」(明治44年、東京偕行社)P.771
  11. ^ 「金融大辞典」(昭和9年、日本評論社)P.656「軍用貨幣」
  12. ^ 「金融大辞典」(昭和9年、日本評論社)P.657「軍用貨幣」
  13. ^ 大蔵省理財局「軍用手票ニ関スル参考書」(昭和16年1月)P.122、この箇所は「昭和財政史・Ⅳ」P.334において公表されている。
  14. ^ 大蔵省理財局「軍用手票ニ関スル参考書」(昭和16年1月)P.134、この箇所は「昭和財政史・Ⅳ」P.334において公表されている。
  15. ^ 石原幸一郎、前掲書、294頁
  16. ^ 石原幸一郎、前掲書、368-371頁
  17. ^ a b 石原幸一郎、前掲書、361頁
  18. ^ 石原幸一郎、前掲書、362頁
  19. ^ 電子政府の総合窓口e-Gov 行政手続き案内[1][2][3][4]
  20. ^ 財務省電子申請システムの運用停止[5][6]PDF-P.14
  21. ^ 昭和20年9月6日附、ハロルド・フェア中佐発「法貨ニ關スル件」。アジア歴史資料センター[7]終戦事務情報:終戦関係書類其の二【レファレンスコードA15060454200】1945年
  22. ^ 「一、日本政府ハ本州、北海道、四國、九州及ビ附近水域ニ於テ左記事項ヲ法律・命令乃至ソノ他ノ規程トシテ卽時實施スベシ...c.日本政府、陸海軍ノ發行セル一切ノ軍票及ビ占領地通貨ハ無効無價値ニシテ、斯ル通貨ノ授受ハ一切ノ取引ニ於テ禁止ス。二、日本政府ハ右事項ノ勵行實施ノ確保ニ必要ナル罰則ヲ制定セントシツツアルコトニ就キ、關係當局者ノ注意ヲ惹クベシ。尚當司令部ノ是認ヲ受ケルタメ、課セラルベキ最大及ビ最小ノ罰則ノ一覧表ヲ提出スベシ。」
  23. ^ 帝国議会第89回貴族院「衆議院議員選挙法中改正法律案特別委員会」伊江朝助(昭和20年12月13日)発言者番号51[]
  24. ^ 帝国議会第89回衆議院本会議「引揚民援護に關する質問主意書」伊禮肇(昭和20年12月11日)
  25. ^ 政府答弁については帝国議会第89回衆議院予算委員会澁澤敬三(昭和20年12月12日)
  26. ^ 石原幸一郎、前掲書、402頁


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