超電導リニア 基本技術

超電導リニア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/18 18:42 UTC 版)

基本技術

浮上

磁気浮上のイメージ

電磁誘導方式 (EDS) の誘導反発方式が採用されている。誘導反発方式について説明する。移動する磁界内に置かれたコイルには誘導起電力が生じる。これは発電機と同じ原理であるが、誘導起電力で生じる誘導電流がコイル内に流れると、起電力を生じさせた磁界と反対方向の磁界が発生し、反発力となる。誘導反発方式の磁気浮上では、これを利用して車両側に強力な電磁石を、軌道側に両端をつなげた短絡コイルを設置する。車両が高速で進行すると軌道側のコイルには電流が発生し、この電流がコイルを流れると車両と反発する方向で磁界が生じる。結果車両が浮上する仕組みとなっている。反発力は、車両の速度に応じて増加する。

この方式の利点としては、以下が挙げられる。

  • 比較的大きな浮上量が得られる。
  • 浮上量に対して制御を行う必要がない。

またこの方式の欠点としては、以下が挙げられる。

  • 車両が停止または低速に移動している間は十分な反発力が得られず、浮上できない。
  • 浮上コイル内に大きな電流が発生するとコイルの抵抗により発熱が生じ、結果として走行中の車両に対し抗力(磁気抗力)が生じる。

宮崎実験線では当初、軌道底面に浮上コイルが設置(対向反発浮上方式)されていた。1991年平成3年)6月から、宮崎実験線では側壁浮上方式の実験が開始され[14]山梨実験線でもこれが採用されている。側壁浮上方式とは、文字通り浮上・案内コイルを側壁に配置するものである。浮上・案内コイルの巻き方は上下方向で8の字になるように巻かれている。この場合、高速に進入してくる車載超電導磁石で発生した磁界に対して、浮上・案内コイルに誘導電流が流れ、浮上・案内コイル下側からは反発力、浮上・案内コイル上側からは吸引力の電磁力が発生し、車両が浮上する。浮上力はコイル中心から通過する磁界中心のずれに比例して発生し、コイル内の電流も同じである。低速域で浮上すると浮上・案内コイルに生じる電流が大きく磁気抗力が大きくなるため、低速域ではゴムタイヤ車輪で車体を支持し浮上・案内コイルの中心を車載超電導磁石が通るようにして磁気抗力を回避し[15]、磁気抗力が十分に小さくなる速度に達してからゴムタイヤ車輪を上げ(=車体は僅かに沈み込む)浮上走行に移行する。このことで、コイル内の電流を小さくすることができ、車両に対する磁気抗力を小さくしている。また、車両の車載超電導磁石が浮上・案内コイルの中心高さから上下に変位すると、コイルに流れる誘導電流により、変位とは逆方向の電磁力が発生して、車両を復元する方向に力が働くようになっている。さらに軌道底面からの浮上量は側壁浮上コイル設置位置で自由に決定できる利点もある。山梨実験線の仕様では約100 mmの浮上が得られる位置に浮上・案内コイルが設置されている。もともと、日本国有鉄道(国鉄)でリニアモーターカーの開発を指揮していた京谷好泰が、地震の多い日本でも安定して走行できるようにするためには、思い切った浮上高を実現する必要があると考えて目標を10cm浮上にしたものである[16]。コイルの設置位置で任意に浮上高を決められる側壁浮上方式では浮上高にはあまり大きな意味がなく、たとえガイドウェイに底面がなかったとしても浮上走行できるが、加速して浮上走行に移るまではゴムタイヤ車輪で底面に支えられて走るので底面を必要としている[17]

誘導集電

一方で、側壁浮上方式にしたことによって車上に供給される電力が不足する事態になった。以前の軌道の底面に浮上コイルがある場合は車上の二次コイルによって車上で必要な充分な誘導電流を取り出す誘導集電の使用が可能だったが、効率の優れた側壁浮上方式に変えたことによって従来の誘導集電による集電が困難になった。このため、不足する電力を補う目的でガスタービン発電機を搭載していた[注 1]。しかし現在では磁界の調相を制御して効率的な誘導集電を行う技術が確立され、実用化される見通しが立った[18][19][20]。営業線においてはこの技術が採用されることが決まり、超電導リニアは走行中ワイヤレス給電の分野でも世界の最先端を進むことになった。

推進

推進のイメージ(線型同期電動機)

車両の推進には、線型同期電動機(リニアシンクロナスモータ、Linear Synchronous Motor)方式が採用されている。車両側の電磁石(浮上用電磁石と共用)が界磁となり、軌道側に設置された推進コイルの磁極は地上変電所インバータにより入力される電流の周波数によって切り替わり、車両側の推進力を与えている(地上一次方式)。磁気推進のためには車両位置を正確に検知する必要があるが、車両側に推進に関わる制御装置などを持つ必要が無い。このため車両側への給電の必要もなくなる。

また推進コイルに流す電流の周波数に速度が比例し、電流の振幅が推進力に比例する。そして推進時との入力位相を180度反転させると制動力が働く。制動時のエネルギーは電源側に回収する回生ブレーキにもなる。

案内

案内のイメージ

基本的には、軌道側の浮上コイルを利用して行う。案内は、車両中央が軌道の中央からずれたときに復元力が発生するようにすればよい。対向反発式では、軌道の左右に設置された浮上コイルを、側壁浮上方式では、軌道の左右に設置された浮上・案内コイルを配線で接続して閉ループ回路を構成している。

側壁浮上方式の場合には、車両本体が中心線から左右に変位すると、左右の浮上・案内コイルにおいて、通過する車載超電導磁石で発生した磁界の大きさに差が生じて、浮上・案内コイルの左右を結ぶ回路に、この差に比例した誘導電流が流れ、反発力と吸引力の電磁力が発生して、車両を復元する方向に力が生じる。この方式はヌルフラックス方式と呼ばれる。


注釈

  1. ^ ガスタービンからの排気によって屋根の一部に煤が付いて黒くなっている部分がある。
  2. ^ 心臓ペースメーカーへの影響は、かつて宮崎実験線で当時のJR東海の会長が主治医とともに乗車した記録がある。もちろん問題はなかった。また、高温超伝導体による反磁性を利用した磁気シールドに関しても研究されている。高温超伝導体による磁気シールドに関する研究
  3. ^ 当時、国内では超電導に関しての知識の普及が遅れており、永久電流が流れる超伝導現象は永久機関と同類であるとの誤解をする者もいて超伝導の研究者は変人呼ばわりされたという。その後、日本とアメリカの関係者の会合で日本側が超伝導磁石に関する発表を行ったところ、突然アメリカ側の参加者達が日本側が当時アメリカで機密事項になっていた超伝導に関する技術を盗み出したとの嫌疑により会議を中断したという。その後、出典を書き留めていた日本側の説明により事態は収まり、会議は再開されたという。この事は超伝導の研究の重要性を十分に理解していなかった日本側の上層部にも研究の重要性を認識させる契機となった。
  4. ^ また、近年、開発が進められている超伝導線材やインバータに使用される大容量パワーエレクトロニクスの素子や複合材料を中心にまだまだ開発の余地があるとの意見もある。

出典

  1. ^ Test Ride of Superconducting Maglev by The US Secretary of Transportation, Mr. Ray LaHood”. JR東海. 2012年5月22日閲覧。
  2. ^ CENTRAL JAPAN RAILWAY COMPANY Annual Report 2011”. JR東海. p. 23. 2012年5月22日閲覧。
  3. ^ LINEAR-EXPRESS”. 東海旅客鉄道. 2012年5月13日閲覧。
  4. ^ 鉄道:超電導磁気浮上方式鉄道(超電導リニア)”. 国土交通省. 2012年5月13日閲覧。
  5. ^ 古関隆章「リニアモータカー : JRマグレブのほかに開発されているさまざまなリニア式鉄道」『日本機械学会誌』第115巻第1118号、日本機械学会、2012年1月、16 - 19頁。 
  6. ^ J. R. Powell and G. T. Danby, ASME Winter Annual Meeting, 66-WA/RR-5, 1966
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  9. ^ Powell and Danby's Grand Idea: 50 Years of Maglev History - YouTube
  10. ^ Benjamin Franklin Medal Laureates James R. Powell and Gordon Danby, 2000 Benjamin Franklin Medal in Mechanical Engineering, for the invention of a novel repulsive magnetically-levitated train system using superconducting magnets and subsequent work in the field, フランクリン研究所
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  59. ^ リニアが世界最速590キロ 長距離走行記録も更新 産経ニュース 2015年4月16日
  60. ^ リニア新幹線、世界最高速度となる時速603kmを記録 JR東海 マイナビニュース 2015年4月21日





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